ボケリン・ママリンの観察日記

カテゴリ:個人的に思う事( 4 )




認知症にとって、写真はコミュニケーションツールになる。

e0200261_20533583.jpg11月3日以前の日記に、写真をプラスしました。『アリス イン ボダーランド』の写真もアップしてます。
最近、写真慣れしてきたママリン、カメラを向けるとポーズしてくれるのだが、それがわざとらしいこと。箸でつまんだ食べ物を大きく開けた口に持っていったり、美味しいわぁと言ってみたり、グルメリポータではないのだから、もっと自然にして欲しいものだ。

で、まだママリンが奈良で一人暮らしをしていた頃、18歳から実家を出て自立していた私と専業主婦のママの間には、普通の母娘関係という経験が皆無で、認知症と聞いて、あわてて駆けつけた娘とは、ほとんど空白の38年の壁があった。
認知症と診断されたとはいえ、まだ料理も掃除も買い物もできていたので、週に1回ほど帰るだけだったのだが、遊びに行っても、ご飯を食べに出かけても、ほとんど忘れている。
で、帰った時に、一緒に社寺仏閣を回ったり、外食したち、買い物したりした写真を撮って、それを雑誌風にデザインしたハガキを毎日送った。出かける度に、写真を撮られるので、だんだんお調子もんになって、モデル気取りでポーズをとるようになってきた。
これは、2007年2月19日からはじまって、6月16日まで続いくのだが、毎日届くハガキのおかげで、「あっこちゃんは、私のことを気にかけてくれてる」という信頼がちょこっと生まれた。
こんな色々なことを娘と一緒に楽しんでいるのだという記録を作ることで、38年の空白を今の現実の母娘関係に持っていけたのだと思う。

で、毎日ハガキを書くアイデアは、なおちゃんが朝日新聞の切り抜きを持ってきてくれて、毎日、遠く離れた母のために面白い笑える話をハガキに書いて送ったら、認知症が治ったという記事だった。藁をもつかむというか、毎日ハガキを出すぐらいなら簡単やん、笑いは得意やん、レイアウト本業やんと、実行した。
このblogも、ママリンは写真だけ見ては「あれっ、私が写ってるやん」と喜んでいる。
よって、記録する、特にパッと見て、パッ分かる写真のリアル感は、認知症にとってすごいコミュニケーションツールだと思うのだ。

もし、あのハガキを出していなかったら、悪魔のようなママリンにお手上げとなり、奈良からそのまま施設に投げていたかもしれない。
それは、38年の空白をそのままにしてしまうことであり、実はママリンはこんなに明るく素直でおもろい性格だったことも知らずに、なんの思い出もなく生き別れしていたことになる。
それを考えると、そら恐ろしい。
[PR]



by asayosan | 2010-11-08 20:25 | 個人的に思う事

認知症の薬についての思うこと。

日曜日に、門司の従姉の喜代子姉ちゃんから電話があり、NHKで認知症のテレビをやってるよと教えてくれる。気にかけていた番組なのに、うっかり違うのを見ていて、助かった。
で、番組は、薬によって、認知症は治る、予防できる、という内容だった。

ママリンが奈良でまだ一人暮らしをしていた頃、高血圧に糖尿病、アリセプトや漢方なのど認知症関連他、すんごい量の薬を飲んでいた。
食生活も、大根や野菜の炊いたのなどを作っていたが、味付けが甘すぎる。
また、菓子パン大好きで、料理がめんどくさいのか、冷蔵庫には巻き寿司、握り寿司がごっそり入っていた。あきらかに、糖質の過剰摂取だ。

うちに、来てからも、最初の大阪の精神科医が奈良時代と同じ薬を出していて、最初の半年は、ものすごく暴れられた。暴言、幻覚、徘徊で、目が離せないのに、一緒にいると地獄になる。こりゃ私だけではムリだわ、もぉ施設かなぁ、と、なんとなく覚悟を決めていた頃、認知症関係のサイトチェックしていて、「薬を全てやめることで、認知症が改善された」というアメリカでの記事を読んだ。特に、アリセプトは、興奮状態を引き起こす場合も多いということだ。

薬をやめてみるぐらいは、簡単なチャレンジである。
アリセプトをやめることで、認知症は進むかもしれないが、暴言、興奮の尋常でない状況を脱出できる方が、本人も私も楽である。
で、その他諸々の膨大な薬も含め、スッパリやめたみた。

が、これがうまくいった。どんどん、落ち着いていくのが分かる。
奈良での一人暮らしと、うちでの同居生活では、状況も環境も食生活も違うわけで「なんやぁ、薬やめたら、うまくいったやん」と気をよくしていたが、また、いろいろ、認知症関係のサイトをチェックして、高血圧と糖尿病が、認知症に悪影響を及ぼす記載があった。
これは、テレビでも強調していたことで、認知症を生活習慣病でるとする考え方だ。

で、「薬をやめた方がよかったのよ、私の決断は正しかったのよ」と、友達に自慢げにしゃべっていたら、「そんなニセ医者ごっこは、はやめなさい。危ない。危険。すぐ、医者に行きなさい」と忠告された。

いくら、見た目は良くなって見えても、中身は見えないのが素人判断で、ずっと医者にも診せてないことが急に怖くなり、内科検診をしてもらうことに。
ところが、うちの“まごわやさしい”の食生活と適度以上の徘徊のおかげか、糖尿系も高血圧系も、それほど気にすることもない数値となっていた。

e0200261_1775883.jpg認知症専門医の今川先生は、ビタミンの多量接種によってミトコンドリアを活性化する治療法で、私も美容の為に飲んでもいいようなビタミンやコエンザイムなど、ややこしくない薬を飲んでいるのだが、元気になりすぎて疲れを知らないスーパーばあちゃんになってしまったので、今は3種ほどのビタミンを飲んでいる。
内科の今泉先生は、ママリンの微妙な血圧をチェックして、決して多量にならないよう微妙な量を調節してくれるている。
てなわけで、極めて少ない薬だけで、済んでいるママリン。

今考えると、約半年ほど、薬断ちをしたおかげで、一度、体がリセット、素の状態に戻り、大阪での新しい環境や食生活の中で、何が必要で、何が足らないのか、正しい薬の処方が為されたと思うのだ。

今川クリニックからは、興奮を落ち着かせるデパゲンという薬を昼食後と夕食後、寝る前という処方で頂いているが、デーサービスでの昼食後には飲んでいるが、うちに帰ってからは、ほとんど飲ませていない。
別に、興奮というほどもなく、話せばどうにかなるのなら、飲まない方がいいと思うのだが、これも素人判断。ただ、アッチャーという時は、頓服的に飲んでもらってる(先生が、そうしなさいとおっしゃった)。
てなわけで、うちのママリンの場合は、それほど薬に頼らずに、ママリンの楽しく食らしたいと思う“生活力”に賭けているわけで、これは私の希望でもある。
[PR]



by asayosan | 2010-11-01 18:37 | 個人的に思う事

この日記も、早1ヶ月かぁ。

e0200261_14525444.jpg
早いもので、この日記も1ヶ月が過ぎている。料理の写真も載せて欲しいというリクエストがあったので、過去の日記に、新たに写真などをプラスしていますので、よろしければ、昔の日記もご覧ください。
※今後も写真を追加していきますが、こちらの掲載は遅れますのであしからず。

blogを書く前は、日記にママの血圧と散歩、または徘徊した時間や距離を記入していただけで、大暴れされた日は、その内容などを記入していただけだった。
で、ママリンのご機嫌な日は、あまり気に留めなくて、何時間も徘徊されたり、暴言を吐かれたことが記憶に残る。
まぁ、それでも、なんとなくのパターンが見えてきて、毎日あまり代わり映えしない日々過ぎていると思っていた。
が、こうして、毎日、ママリンの言動を記していくと、同じ日など、1日もなく、昨日のことなど、全て忘れてると思っていたら、前日に話したことなどが、次の日のママリンの言動に反映されていたりして、ママリンの記憶の回路の不思議に驚く。というか、侮れないぞ。
私自身でも気がつかなかったことが、ママリンの言葉からあれこれ再発見できたりするが、私は天使じゃないので、悪魔になったママリンには、悪魔になって対抗する。

が、友達が、下記の本の一説をメールしてきてくれた。

認知症はその人が過去に背負ってきた人生(過去のトラウマ)が出てくる。
・徘徊⇒逃げ出したいことがあったとか。(嫁姑問題で何回か家出してたなぁ)
・食べ物⇒食べ物、生きることに苦労したとか。(これは、あまり苦労してないと思う)
・暴言を吐く⇒我慢が多かったなど。(父に女中のように使われていたなぁ)

どうせわからないだろう、と考えていい加減な話をしたり、
乱暴するのは論外だそうで、そういう扱いを受けると
本人の身体は自覚ができなくても、魂は覚えてる。
だから例え亡くなったとしても、どう接してくれたかを魂は覚えている、そうですよ。

ということで、認知症になって、自由を謳歌しているママリン。
私の子供の頃は、父に絶対服従で、教育ママゴンで、世間体ばかり気にしていたママリンが、よくしゃべり明るく元気でいてくれるのを良しとして、ママリン本来の魂の解放をして頂こう。
[PR]



by asayosan | 2010-10-30 15:19 | 個人的に思う事

認知症にならないためには?

e0200261_16102887.jpg本日「敬老の日」。
いいきっかけなので、ママリン(アサヨ/現83歳)の観察日記をつけることにする。
父が亡くなり、一人で暮らしていたが、77歳頃にママリンの主治医から、初期の認知症を告げられた。実家のある奈良まで行ったり来たりしてたが、一人暮らしの限界がきた2008年11月に、大阪の北浜に住む私のマンションで同居をスタート。
大阪暮らしも今年の11月で2年目となるが、ママリンも慣れた、が、私も慣れた。
とはいえ、ここに至るまでは、いろんな事件や状況もあったが、まぁ、比較的に平和な日々となった今、思うことは、認知症の人と暮らすことは、自分自身の認知症予防になる、ということだ。

認知症にならないためには、
1・運動(有酸素運動)すると3倍ならない
2・食生活に気をつけると6倍ならない
3・話し相手を持つと8倍ならない
だそうだ。

1・運動について
ママリンがうちに来てから、一番かなわんのが徘徊。2時間散歩につき合っても疲れを知らずで、夕方になれば毎日出て行かれ、警察からの電話は日常茶飯事。
福島にある病院へは北浜から往復歩いて、私はヘトヘトとなるのだが、家で10分も休憩すると「ちょっと散歩行ってくるわ。カギあけて」と、スタスタと出かけて、朝の10時から夕方まで1日歩いてはる。
ママリンはもちろんだが、これにつきあう私も、相当な有酸素運動をしてるわけだ。

2・食生活について
うちは、10年以上玄米食で、脂っこいものはあまり作らいのだが、ママリンが来てからは、“まごわやさしい”の食生活となり、6時には晩ご飯を食べてる。
一人暮らしの時は、深夜まで飲み歩いたり、夜はごはんなど食べたこともなく、酒のアテを作っては深酒し、朝は食べたり食べなかったりの不規則な食生活をしていた。
が、ママリンが来てからは、今年の夏はサマータイムを導入したほどで、朝6時に朝食(ママリンは8時半)、6時に晩ご飯を食べて、ビール2缶ぐらいの晩酌、で、8時以降には何も食べない感じで、10時には寝てる。
昔は、「できるわけがないっ!」と思っていた、規則正しい食生活が続いている。

3・話相手について
とにかく、おしゃべりのママリン。同じことをなんべんもなんべんも聞かれるのはうんざりするし、時間性と出来事が超越しているママリンに、現実のことや本当のことを説明するのは不可能なので、ほとほと疲れるのだが、生返事したり、ホラで対決したり、話す土俵は違っても、まぁ、お互いの話し相手にはなっている。
元々独りが好きな私にとって、静かな時間がないのはきついが、1日に誰ともしゃべらない日も多々あったので、絶対に“お口をチャック”してくれないママリンとの同居は、嫌がゆえにも、話し相手がいる、という状況になった。

e0200261_169271.gifこうして、3つの「認知症にならない条件」が揃った私。
私の老後は天涯孤独なのは決定なので、絶対に認知症だけにはならないよう、現役認知症のママリンから学ぶことは多いのかもしれない。
[PR]



by asayosan | 2010-09-20 19:42 | 個人的に思う事

認知症のママリンの日々の暮らし
by asayosan
プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
今日のママリン
過去の出来事
個人的に思う事
ママリン語録
ママリンのホラ話

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧