ボケリン・ママリンの観察日記

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12月30日(金)6時間歩いたけど、まぁ平和な1日ママ・デー。

今日はデーがお休みの1日ママ・デーである。
9時半に起きてすぐに、「ほんなら下で待ってます」と出て行く。
着たきり雀で寝ているとはいえ、布団からそのまま玄関に行く速攻さに驚く。
だんだん、家の滞在時間が短くなってきている。

今日は長〜ぃぃぃ1日になるので、成り行きに任せる。
で、下に降りてみると、やっぱり管理人室で遊んでいました。
「ママ、ちょっとお使いに行くけど、一緒に行く?」
「いいわ。ここ、暖かいからここにおりる。あっ、あこちゃん。なにかおやつ、買ってきてよ」
「はいはい。まだ少しいいですか」
「かまへんでぇ。用事、してきぃ」。
で、銀行に行って、菊屋の最中を奮発、3人のティータイムのお茶うけにしてもらう。

結局、理事長が連れて来てくれるまで、9時半から12時頃まで2時間半も預かってもらう。
1日ママ・デーの午前の部が難なく過ぎて、とっても助かる。感謝。
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来月になると言われていたママのメガネのレンズが届いたそうなので、せんば心斎橋の眼鏡市場に行くことにする。
しかし、ママは「今日は帰るわ。正月やったら家におらなあかん」と荷造りをはじめるので、袋を出してあげる。
「ほんならママ、今日は私がなんば駅まで送ってあげるわ。メガネも直るし、ちょうどいいやん。いい正月迎えてね」
「はい。なぁ〜、あんたも一緒にうちの家においでよ」
「ムリやわ。うちは猫がいるから、猫の世話せなあかんので。大阪にいるわ」
「そうやのぉ。うちの家はどこやったけっ」
「奈良やん。近鉄電車やから、今日は駅まで送ってあげる」
「ありがとっ。うちに誰がいるんやったけっ」
「かめちゃんとか、母さんとかいるんとちゃうのん」
「あんたアホか。かめちゃんや母さんが生きてるわけないやん」
「ママはいつも、生きてるって言ってるやん。まっ、どうにかなるわ」
「はい。どうにかなります」。

12時30分、ミナミに出発する。

で、眼鏡市場で、レンズを入れてもらうのを待つ間、「なぁ、私の家はどこやのん」をずっと聞いてくるママ。雑誌を読みながら、適当に答える。
奈良と教えても、「いいや、此花です。此花の甚平町(門司)です」と、地図にない場所を言いはるのがじゃまくさい。

「ママ、ママがそう思うのなら、奈良の家にとりあえず帰り。あそこしか家はないわ。あとは自分でじっくり考えたらいいやん。私は地図にない町をあるとか、家がないのに家があるとか、ウソはつけないわぁ。だから、私から離れて、自分の思う通りにしなさいよぉ。一人は気楽やよぉ」
「一人やないもん。帰ったらあっこがいるから…」
「それはよかったな。私はおらんと思うけど…そしたら安心やね」
「でも、あの子、仕事かもしれへんわ。忙しいって言ってたけどなぁ」
「でも、家に帰ったら大丈夫なんやろぉ。誰かが帰ってくるんやろぉ」
「誰かって誰よっ」
「そんなん、私は知らんわ。ママの家なんやから、ママの知り合いやろぉ」
「そんな知り合いなんかいないわっ」
「そんなことないよ。母さんとか、かめちゃんとか来てくれるんやろぉ」
「そんなん、死んでるのに決まってるやん」
「でも、ママはいつも生きてるって言ってたでぇ。来てくれるわぁ」
「来る訳ないやん。死んでるのに。あんたはアホかっ」
「まっ、いいやん。来るかどうか、待ってたらいいわ」
「来るわけないやん。なぁ、これからどこに行くのぉ」
「だからぁ、自分の家に帰るんやろぉ。あんなけ帰りたがってたやん」
「そうやっ。自分の家に帰りたいんやっ」
「今から帰れますから…。私とも今日で最後やね」。

「私とも今日で最後やね」に、ウウゥゥと急に涙ぐむママリン。
可笑しくて吹き出しそうになるが、雑誌を読む。

e0200261_10253027.jpg眼鏡市場を出て、心斎橋を南下する。
どんどん人が多くなり、ママはラグビー選手のように人の間を通り抜け着いて来る。
戎橋の上では、グリコの看板をバックに写真を撮る人でごった返しており、別になんてことはない看板なのに、その不動の魅力の謎がわからない。
で、ママも記念撮影。オノボリかいっ。

近鉄難波駅に着いて、ママに路線図を指指しながら、いかに大阪と奈良が遠いかを説明。
しかし、「奈良なんか関係ないやん。家は此花や」と言張り、駅員さんに乗り方を聞きに行くが、「あのぉ〜、財布を盗られたんです」と言うものだから、あわてて「一緒ですので…」と連れて来る。

ママは、ただ道を聞くより、財布がない、子供がいないといった、よりセンセーショナルなことを言うと、自分にかまってくれる人の数と時間と真剣味が一挙に増えることを知ってるようである。
これを確信犯と言ってしまうのは可哀想だが、親切な人と会うと、最初は道を聞いていたのが、門司から出て一人で出て来たとか、ジェフがいなくなったとか、お金を盗られたとか、誰かにつきとばされたとか、どんどん問題の数が増えていくのだ。
で、びつくりされた善意の人が110番となる。

で、ママは、「地下は分からへん。上に上がって電車道を真っすぐ行くわ」と地上に上がる。
千日前通を東へ進むが、私が後ろにいるので、「あんた、帰って。私はこっちに行くから」。
何人かの人に道を聞いて、どんどん東へ進むので、国立文楽劇場の向かいの高津交番を教えてもらったのかと思っていたら、下寺町の交差点を渡り、どんどん歩いて上本町に来てしまう。

このまま真っすぐ行って鶴橋に行けば、近々食べられなくなる生ギモに塩タン、てっちゃんで軽く飲むのもいいなと計画してみたが、突然のUターン。
私の姿を見つけられてしまう。
「あんた、なんでこんなとこにおるのっ。ついてきたんやな。どっかに行って」
「いや、どこに行くんかなぁと思って…。ほらあの山が生駒山。あの山の向こうが奈良やから、方向は合ってるよ」
「フンっ」。
ここで行ったり来たりの攻防がしばらく続き、花壇に座り込んだと思ったら急に歩いたり、横断歩道を渡ろうとして引き返したりフェイントを重ねるママリン。
チャップリンの映画のようである。

で、突然タクシーに乗ろうとしたのを「お金、持ってないんで、乗せないでください」と止めたのに、「なにをするんですか、乗せてあげてください」とママに味方する女性ドライバー。
「この人の行き先に家はないですから、ご迷惑かけるだけです」
「そしたら、一緒に乗ってください」
「いいや、近所なんで、タクシーの乗るほどではありません」
で、嫌がるママをタクシーから出す。

ポツンと立っているママに、綺麗なおばさんが声をかけてくれて、「私、娘ですので…一緒にいますので…」に「こんなん娘と違うっ。怖いんです。私をつけ狙ってるんです」。
「ずっと着いて来てくれて、優しい娘さんやないですかぁ。一緒に来てくれるだけで、おばあちゃん、幸せもんですよぉ。娘やないって、でもお顔、似てますよ。それじゃ、がんばってくださいね」。
あまり嬉しくないが、こういう時は顔が似ているのは便利である。
一目で親子と分かるようだ。

プイとすねたママリン、上町筋を北上しだした。
道の広さなどからして上町筋はママの好みである。
私にとってもいいコースである。

途中、脇道にそれたりするが、また上町筋に戻ってくる。
あまり人や車がいない道は、ママの好みではない。
上町筋は私もあまり歩いたことはない道だが、寺が多い。
門前の標語などを読みながら、私も純粋な散歩を楽しむ。

で、バス停の前に来ると、待っていたおばちゃんが、「あと2分で来ますよ」と声をかけてくれる。
ママは待ってましたとばかりに、「此花に行きたいんです」と質問。
ルートを確認すると、大阪駅行きで途中に北浜2丁目というバス停もある。
「ママ、ママ、このバス、近所まで行くわ。これに乗ろう」
「あんたは、乗ったらいいやん。私はあんたが乗ったらパッと降りて、あんたが乗らんかったらパッと乗るわ」
「84歳のおばあちゃんが、そんなスパイみたいなことできるわけないやろぉ。それぐらい、着いて乗るのはお手のもんよ」
「フンッ。そしたら歩く」。

e0200261_10255565.jpgで、上町筋を北上するが、急の左に曲がる。
すると、なんてことでしょう。その道は空堀商店街に続いているではありませんか。
空堀はラッキーである。お好み焼きが食べたくなる。

しかし、ママは横道にそれて路地に入っていく。
で、そこにママが20代に暮らした此花の町の香りを感じたのか、一軒ずつ家を確認して、軒もチェックしている。完全に歩き方が変わったぞ。

しかし、また上町筋に戻って来て、難波宮跡公園のところを左折、谷町筋に入る。いいコースである。
しかし、谷町筋を南下しだしたぞ。おいおい。

谷町六丁目交差点で途方に暮れているママ。
「あんたはどっちに行くの」と聞くので、「私の家はこっちやわ」と東を指す。
するとママは素直にそっちに歩いてくれるので、これで帰れると喜ぶが…。
で、横断歩道を渡って、「次はどっちやの」と聞くので、北の方を指すと、「ほんなら私はこっちに行くわ」と南へ歩き出したぞ。
ひっかけ問題だったのか…。やたれたっ。

e0200261_10261166.jpge0200261_1026192.jpgで、谷町筋を南下し出した所でうどんの愛宕屋が軒先に蕎麦も並べていたので、「ママ、蕎麦、食べる」と声をかけると、「食べる。お腹すいた」。

よっしゃよっしゃで、ママは天ぷらそば、私はヒラメの昆布〆と日本酒冷や、鴨なんばんで1日早い年越そばを食べる。
鴨なんばんの蕎麦はイマイチだったが、たっぷり入った鴨が美味しくて、私は日本酒冷やを追加して、いい調子である。
結構長い間愛宕屋で休憩したその後は、散歩コースの主導権は私に移り、直木三十五文学碑がある榎大明神を抜け、最短コースで北浜に帰って来る。

で、平野橋の上で、徐行していたタクシーの運転手さんが、上本町でもめた女性ドラーバーだった。
すごい所で再会してしまった。
向こうも同じことを思っているだろう。

家に着いたのが6時30分。
ママはまた服を着たまま、バタンキューで寝はる。
今日はもう、深夜に起きて歩くこともないだろう。

1日ママ・デーにしては、なかなかスムーズな流れと言えるかも…。

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by asayosan | 2011-12-31 15:47 | 今日のママリン

12月29日(木)年末恒例の餅つき大会、のその後で…。

今朝は7時に起きた。早い。
しかし、ノロノロとトイレに行って、ドッコイショとソファーに座り、84歳の歳相応のおばあちゃんである。
しかし、「あれっ、母さんはどこに行ったんやろぉ。先に帰ったんかなぁ。私もそろそろ帰ろうかなぁ」と、頭の中は子供時代のようである。

餅つき大会に出かける10時までの3時間、長い。
ところが、「もう少し寝ていい」と、またお布団に入ってくれる。が、またすぐ起きる。

「なぁ〜、私の母さんはどこに行ったんよ。死んだっ。死んでない。さっきまでそこにいたやん。私も帰るわ。どこって、自分の家やん。大丈夫、大丈夫、母さんが朝ご飯作ってくれてるから、私いいわ」。

あ〜、あと2時間、帰る帰れない、家がある家はないの攻防はイヤなので今回は作戦を変えてきる。
「あのなぁママ、子供が大きくなって大人になると、子供を産んでお母さんになって、それからおばあちゃんになるの。
ざくっと言ってしまえば、世の中のは子供とお母さんとおばあちゃんという3つの年齢層の人たちがいるの。一番歳をとってるのがおばあちゃんなんなのは分かるよな。ママは子供から大人になって、子供産んでお母さんになって、今はこうしておばあちゃんになったよなぁ。さて、おばあちゃんのお母さんは生きてるでしょうか」
「そんなん、生きてるわけないやん」
「そうそう、その通り。おばあちゃんの歳になった人のお母さんが生きてたら、世の中婆だらけになるもんな。だから、ママのお母さんも死んでるの」
「でも、昨日、電話かけてきたよぉ。いつでも遊びにおいでって、言ってたわ」
「かかってくるわけないやん。死んでるやもん。夢でも見たんやわ」
「いいや。夢と違う。一緒に暮らそうって約束したもん」
「あんなぁ、ママリン。はじめて幼稚園に行った子供が、ママァ〜、ママァ〜に会いたいよぉと泣くのは分かるわ。特攻隊の若い兵隊さんが体当たりする時に、おかあさ〜んと叫ぶのも分かるわ。でも、84歳のおばあちゃんにもなって、今も母さん、母さんって言ってるのはママだけやでぇ」
「そんなことないぃ………」
「あんなぁ、世界中のおばあちゃん、おじいちゃんの親はみんな亡くなってるの。ママだけやないの。天皇陛下も大統領も隣の理事長も、みんなお母さんが亡くなってるの。みんなが家族の中で自分が一番年上やから我慢してるの。なんでママだけピィ〜ピィ〜子供みたいに、いい歳して、母さん、母さんって甘えたがるんやろぉなぁ。もう少し、シャキッとした女やと思っていたのに…最長老やねんよ」
「次は私の番やなっ」
「そらそうやろぉ」。

この“みんな我慢してるのに、なんでママには出来ないの”、に戦中戦後の我慢教育を叩き込まれた記憶に火がついたようだ。

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しばらくは、ソファの上の自分の服をたたんだり、カバンを整理したり、仕事をはじめる。
アンパンも黙って食べる。

で、なんとなくお出かけ準備をしてもらい、理事長と一緒に餅つき大会に出発。

京阪電車で香里園に行くが、理事長が手をつないでママをずっとエスコートしてくれるのが助かる。
「ほれ、大阪城が見えるでぇ」「はい、ここに座りぃ」とちっちゃい子に接するように優しい。

e0200261_109257.jpge0200261_13244476.jpge0200261_132592.jpge0200261_14583843.jpge0200261_18521597.jpg毎年恒例の香里園、森邸での餅つき大会は、ママは今年で3回目の参加で、顔見知りの人も多い。
総勢40人ほどだったが、つき手が少ないため、たき火で遊んでいたら、「あと2分で蒸し上がるよ」のお呼びがかかる。
20臼もつくので、若い衆?は、なかなか忙しいのだ。

つきたての餅をきな粉、ゴマ、あんこ、大根おろしにまぶしたり、けんちん汁に入れたりして自由にいくつでも食べられるのに、ママなんか遠慮してる。
去年はパクパク食べてたのに…。理事長の前でええカッコしたか…。

で、ママは、「あれっ、会長さんがいないわ。どこやろう」と、理事長の姿が見えなくなると探しまわっている。どんなけ、なついてるねん。
おかげで、去年のような暴走も、帰る帰るコールもあまりなく、無事、最後までおられる。

ただ、ママがお岩の顔なのが難点なのだが、まなちゃんが、「お母さん、たぶんすごい顔で来るから、その前にブログ読んどいた方がいいよ」とお知らせしてくれていたので、ママの転んだ経緯をいちいち説明しなくてすむのがラッキーである。。
こういう時のブログは、情報を共有できるという意味で本当に便利である。

で、お正月の餅をもらって、4時前ぐらいに帰る。

で、まなちゃんが、北浜ニセ家族の写真をメールしてくれたのでアップ。

で、私の中での本当の直系家族は、クーとチチ。
ママとジェフは外様である。
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家について、エビ、よもぎ、ゴマ、きびの4色餅を入れたぜんざいをママのおやつにする。
というか、これを夕食にしてしまう魂胆。
甘いもんを食べて、お口満足で寝てもらおうと思っていたのに、食べ終わると、「ほんなら帰るわ。ほんま世話になったな。いい正月、させてもらったわ。ありがと」と、5時頃に出て行く。

私も体調が万全でもなく、餅つき、たき火の番で身体がかったるいので、「はいはい。お気をつけて」と送り出してしまう。
で、コックリコックリしてしまったようだ。

6時11分、靭交番から電話がある。
近い。ラッキーである。自転車で迎えに行く。

交番に着くと、「あこちゃん、ごめんなぁ。家が分からんようになってしもてん」と、とっても素直だったのに、外に出ると、母さんの家に帰ると言い出す。

「そっちやない。こっちや。私、母さんの家に帰るんよ。そっちは違うやろぉ」
「そっちとか、こっちとか、私にはさっぱり分からんわ。どこに行きたいか、住所を言ってよ」
「住所なんかいいっ。近所についたら分かる」
「その近所ってのがわからんのよ。もう遅いから、明日にしたらぁ。私とこはここから近所やよ」
「いや、もう、あと少しやから。その道をズ〜っと真っすぐに行ったとこや」
「ほんならズ〜っと真っすぐ行ったら。絶対に違うと思うけど…」。

で、なにわ筋を上がったり下がったりするが、この道はママがスタスタ気持ちよく歩ける魅力にかけているようだ。
靭公園の道ばたで座り込みなにか思案してるが、「あんたはもう帰っていいよ。もう寒いやろぉ。猫が心配してるわ。私は自分の家に帰るから…」。
う〜ん。こういう時は長期戦になる。
ママは正論を言っているようで、全然ムチャクチャなわけである。

「ママ、今日はうちに帰ろ。ジェフ君とお別れしてないやん。もう、暖かい布団で寝て、明日明るくなったらまた出かけたらいいやん」
「そうかなぁ。そしたらそうしようかなぁ」。
で、靭公園を横切り、公園猫たちに挨拶して、順調に北浜に向かっていたのに、「いや、こっちと違うわ。あんたはそっちに行き。私はこっちに行く」。

しかたないので、尾行作戦に変更する。
公園を出たところで、老夫婦に道を聞いているママ、ご親切にも靭交番に案内してくれるようだ。
途中で声をかけると、「あっ、あっこちゃん。助けに来てくれたん。ありがとう。どうしたらいいんやろうって思って、この方にお巡りさんとこ連れて行ってもらうねん」。
老夫婦に事情を説明して、お礼言って別れると、「さっきの人が、交番はあっちやと教えてくれたんよ。あっちに行こかっ」。

「あの交番は、さっき行ったやん。交番になにしに行くの。もう、一緒に帰ろうよ。寒くなってきたわ」
「なんでよ。お巡りさんに私の家に帰る道を聞くねん」
「ママ残念。あの交番はもうママの唾が付いてるわ。私に電話がかかってくるだけやわ」
「あんたっ、私の行くと行くとこに、先に手を回してるんやなっ。どんなけ悪賢いのっ。あっちに行ってっ。ついて来んといてっ」
「はいはい。わかりました。ほんならバイバイ」。
で、引き続き尾行。

ママはいろんな人に道を聞き、四ツ橋筋を北へ進んで行く。
途中、地下鉄肥後橋駅へと階段を下りていくので、自転車を泊めて尾行。
駅員さんに何か聞いているので、警察に通報されてはと近くに寄ってみると、ルートマップを見せれて順路を教えてもらっている。
適当に、「はいはい。わかりました」と返事しているが、チンプンカンプンなので、一刻も早く逃げ出したい心境だろう。

で、すぐに地上に上がってきました。

肥後橋の交差点で、完全に進むべき方向を見失ったママリン、あちに行き戻り、こっちに行き戻りしている。
が、サラリーマンのおじさんに声をかけ、一緒に歩き出した。
たぶん、渡辺橋交番にご案内せてくれるのだろう。
結構早足のサラリーマンさんの後を、必死で追いかけるママ、転けるなよと願う。

8時20分、やっぱり渡辺橋交番に案内され、書類に記入している善意のサラリーマンさん。
交番を出て来られた時にお礼を言うが、キョトンとされている。
そらそうだろう。なんで後ろをつけていたなら声をかけないのか、一般的には不可解な行動である。

で、交番の外から手を振って、お巡りさんを呼び出して事情を説明し、ママがなにを訴えているのかを聞く。
「梅田で財布を盗られて、お金が一銭もないから帰られないって言ってます。顔は、誰かに突き飛ばされて転んでケガをしたって…」
「そんな事実はありませんので…。そしたら、すみませんが、娘さんを呼ぼかって聞いてくれますか。あんたなんか知らん、どこか行ってって言われることもあるんで…」
「はい。わかりました」。
で、交番に入ったお巡りさんが、笑顔で出て来る。

「ぜひ、娘に迎えに来て欲しいって、言われてますよ」
「あ〜、よかった。そしたら、連れて帰ります」。

で、ママは交番から出て来て、「あこちゃん、よう見つけてくれたなぁ」で、お巡りさんらに頭を下げて、一緒に帰る。

あとはスムーズに付いて来て、それほど見たくないのに、もう何回見たであろうかの御堂筋のライトアップを通り抜けて9時に家に着く。

「あれっ。ここ、あんたの家やないの。な〜んや。私がどんなけ逃げても、逃げても、結局はあんたの手の内に戻ってきてしまうんやな。あ〜あ、なんのためにこんなしんどい思いしたんやろぉ。あ〜あ、アホらしいぃ」。
と、芝居がかった文句を言う元気は残っているママ。

しかし、部屋に着くと、服を着たまま、バタンキューでお布団に入る。
すぐに寝息。

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本日の家出:1回(靭交番、渡辺橋交番)
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by asayosan | 2011-12-31 14:46 | 今日のママリン

12月28日(水)あまり深く考えないで、あ〜言えばこ〜言うに対抗する。

やっぱり一時的なものであったようで、みるみる元気になる、私。
ウンチも茶色になってきた。
12月22日から禁煙外来をはじめていて、ちょっと不調な方がタバコを吸いたいという気分が失せるので、これを投薬とのW効果として活用することにする。

で、ママは今朝も目覚め良く起きて、アンパンを食べて元気に出発。
と、思ったら、エレベータの中で、「今日は母さんが迎えに来る約束やねん。母さんのお迎えと違うの」と言い出したので、「今日はさくらさん。さくらさんなのっ」。
で、まぁ、元気に出発。

天神橋6丁目まで行って、こないだの救急医療に清算をする。
せっかく天満市場も覗いたのに、食欲がないので買い物をする気が失せる。
やっぱり、元気がないと、生きる欲がなくなるようだ。

で、ママが帰ってきて、またまた強烈なゾンビソークである。
「あのねぇ〜ママリン。そんなに死んだ人たちと会いたかったら、門司のお墓の近くに住んで、毎日墓参りしなさい」
「そやなぁ〜、やっぱり門司がいいわ。母さんもかめちゃんもいるし…」
「そうそう、みんな墓の中やから…。ママが毎日、お参りに行ってあげ」
「なんでよぉ。みんな生きてるやん」
「そうそう、ママの中で生きてはるの。みんなが墓参りしてぇ〜ってママを呼んでるんやわ。行ってあげ」
「そやな、母さんの家もあるし…」
「家はないよ。更地やから。私が一緒に行って、アパートの契約してあげるわ」
「えっ、あんたも一緒に来てくれるの。あんたはなんでもテキパキやるもんなぁ」
「大丈夫、安心しなさい。これでママはいつでも会いたい時に、お墓参りしてみんなに会えるわ」
「うん。かめちゃんも、おいでっ、おいでって、昨日、電話があってん」
「それはよかった。墓が呼んでるんやわ。みんながいるから一人でも寂しくないよな」
「うん、でも、お金があるかな」
「大丈夫。ママは年金があるから、めんどくさかったら毎日出前とったらいいやん」
「そんなもったいないことしません。歳とったら、そないに食べんでもいいねん」
「いいよ。自分な好きなように、気ままな一人暮らしをしたらいいやん」
「なんでよ、うちの母さんも、かめちゃんも、かずえ姉さんもいるやん」
「いるよ〜。墓の中にな。その墓守をするために、門司に行くんやないの」
「な〜んや、死んでるんか。死んでるんやったら、門司には行かへん」
「でも、ママはこの家もイヤやねんやろ。そしたら門司しかないやん」
「私、一人では暮らされへんやん。そやっ、あっこが一緒に暮らしてくれるわ」
「あっこは大阪から出ないでしょう。仕事もあるし…」
「いや、そろそろ大阪にも飽きたんで、門司に行ってもいいよって言ってたわ」
「あっ、そう。私はあっこは行かないと思うけど、まぁ、ママがそう言うならそれでいいわ」
「で、門司に他に誰がいるの」
「喜代子ねえちゃんと、重くんがいるわ。時々、様子見に来てくれるわ」
「えっ、それだけしたいないの。かめちゃんは…」
「かめちゃんは、今から60年前に死んでるやん。だから、ママが毎日、墓参りしてあげるんやろ」
「そんな墓参りなんかしたくないっ。私は生きてる人に会いたいねん」
「ママ、それはムリやわ。ママより年上はみんな死んでるの。それを正直に言ってるのに、あんたがみんなを殺すって言われるのはもうイヤやねん。毎日墓参りして暮らしたら、お墓でみんなに会えるやん。ママもその方が幸せやわ」
「あ〜、なんで私の身内はこうもみんな死んでしまうの。あ〜、なんで、あんたは殺すんよ」
「だから〜、みんな寿命で死ぬの。ママがおばあちゃんやのに、その親が生きてるわけないやん。なんでママは84歳のおばあちゃんになって、まだ母さん、母さんって甘えるんかなぁ。84歳のおばあちゃんやったら、みんなから尊敬される歳やでぇ。それやのに、ちっちゃい子供みたいに母さんに会いたい、会いたいって、まだ面倒みてもらおうと思ってる、その甘えたぶりにはびっくりするわ」
「私はあんたに迷惑かけたくないから、門司に帰るって言ってるんです」
「はい。わかりました。年を越したら、門司で暮らせる準備をちゃんとしてあげるわ。安心しなさい」
「そら故郷やねんもん。門司で暮らすのが一番いいわ」
「そうそう。その願いを叶えてあげる。関門海峡の海を見て、毎日墓参りする生活って、いい生活やと思うよ」
「なんで墓参りせなあかんのよ。みんな生きてるやん」
「だから、生きてるか、死んでるか、門司で自分で確かめたらいいやん。門司やったら迷子にならんやろぉ。好きなように、自分の気がすむまで歩いたらいいやん」
「なんで歩かなあかんのよ。母さんの家にずっといたらいいやん」
「だから〜、死んでるって。だけど墓があるから、毎日墓参りしなさいって言ってるんやん。ママの願いが叶うやん。ちゃんと生活できる手配はしてあげるから安心しぃ」
「なにが安心やの。墓参りなんかしたくないもん」
「でも、関門海峡の故郷の風景を眺めて暮らすのはいいやん。魚も美味しいし…」
「そんな、海なんか、見たくないっ。そんなんやったら、私らみたいなもんばっかりの学校に行くわ。私はみんなの役に立ちたいのっ」
「よう言うわぁ。母さん、母さんって、84歳にもなってまだ甘えたのママが、人のためになにかできるわけないやん」
「いいや、私はなんでもできます。絶対に甘えません。あんたになんか、絶対に世話にならんからっ。ちょっと出て行くわ」
「ダメダメよ。ママが出て行くと、なにか事件が起って、ムダなお金が出て行くの」
「ちょっと、この下を歩いてくるだけやん」
「イヤ。絶対に迷子になるから、散歩に行くなら一緒に行くわ」
「いや、迷子になんかなったことないっ」
「だから〜、ママ、自分の顔を見てごらん。こないだから2回も転けて、救急で運ばれて治療費もかかったの。メガネもレンズ割れてるやろ。今年で2回目で、これも2万円以上したわ。で、タクシー乗って迷子になって、私が迎えに行ってタクシー乗って、意味もない交通費もたくさん使ってるの。ママが一人ででかけると、ムダなお金がかかるから、出かけるなら一緒に行くわ」。

で、テレビの『珍百景』で、可愛い動物たちの映像となり、ママは「可愛いぃぃぃ」と見だしたので、不毛な会話にやっと終止符が打てる。

松岡さんより電話があり、1月3日は奈奈さんが受けてくれることになる。
これで長過ぎる3日連続ママデーの脅威が少し緩和。
ロングロング徘徊を覚悟していたが、2日間ならなんとかアミューズメント計画で逃げれそうだ。
「もし、酒井さんの混乱が始まったら、いつでも呼んでくださいね。私が行くことで気分転換になれば、行きますので…」と松岡さん。本当に感謝である。

e0200261_21432434.jpge0200261_2143442.jpgお腹が空いたというので、ラーメンを作る。
でも、テレビの可愛い動物に夢中で、お口が止まっている。
子供かぁ。

結局、麺が伸びて、不味くなって、ほとんど残す。
「あんたが、残り食べたらいいやん」
「そんな伸びたラーメンはいらんわ。もったいないけど、もう流しに持って行って洗って」
「そんな、捨てるんやったら食べわ。あんた、食べへんの」
「私は食欲ないから、夕飯はいらんの」
「私も食欲ないねん」
「そしたら、先に言うてよ。自分がお腹すいたって言ったから作ったんやないの」
「そんなん知らんやん。こんな量が多いとは思わへんかったんやもん」
「それは一人前です。まっいいわ、食べられへんのやったら、もう捨てて」
「ごめんなぁ。もったいないことしなたぁ」。

で、洗いもんをしてもらう。
たぶんママも、疲れからくる食欲不振になってるのかもしれない。
昨日も夕食、食べてないし…。

で、「そろそろ寝てね」と、パジャマの着替えを即すと、「いや、その前にちょっと散歩に行ってくるわ」。
行くなら一緒に行く、そしたらやめる、やっぱり一人で行く、迷子になるから一緒に行くの攻防があり、やっぱり散歩に行くそうだ。
一緒に行く。

お巡りさんが不在だった平野町交番を通り過ぎて、平野橋を渡ったとこで、すぐに引き返すママ。
やっぱり、そろそろ、足腰の疲れが出てきたようなノロノロ歩きである。

平野町交番に戻ると、いつものお巡りさんが電話中だったので、外から二人で頭を下げて挨拶する。

家に帰り、パジャマに着替えて、ママリン、7時半に寝はる。

本日の評価:009.gif009.gif046.gif039.gif039.gif018.gif021.gif001.gif044.gif015.gif014.gif
本日の家出:1回(同行)
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by asayosan | 2011-12-28 22:24 | 今日のママリン

12月27日(火)元気でないと、やっぱりダメダメであるの教訓。

e0200261_15142793.jpg木曜日、土曜日と2回も転んでいるので、日をおいて内出血のところが紫色になって、だんだん酷い顔をなってきたママリン。

今年はこれで4回目の転倒になる。
右手の骨折以外は、全て顔面がお岩かゾンビになっている。
メガネのレンズ交換も2回目である。

あんなけ歩いて、転けて痛い目に合っているのに、ちょっと静かに身体を休めようかという気にならないことに、認知症の脳の不思議を感じる。

私にしたら、あれだけ徘徊につき合ったのだから、これでしばらくは家で大人しくしてくれるだろうという計算もあった。
それが続けて出ていかれてまた転けたのだから、危ない道となっただけだ。
あ〜、どうしたら、ママが家にいてくれるのか、もぅわからないぞ。
ずっと話を聞いてあげても、しゃべり終わると、「さっ、そろそろ帰るわ」となるし、ここにいるのが一番好きだと言うのに、「あまりあんたに迷惑かけたらあかんから帰るわ」と言う。
なにを言っても、なにをしても、結局はママが帰りたいどこかに帰りたいのだ。

ということは、自分で迷子になって頭を打ってもらうしかない。
しかし、本人は意に介さず、また普通に、永遠に見つからない自分の家とやらを捜す。
ある意味、芸術家の脳かもしれない。

で、まぁ、顔はともあれ、普通に元気にそよ風さんに出発する。

で、アンパン食べてる時が、一番幸せそうなママリン。
ジェフ君は、ずっとママに付き添っていて、健気な奴である。
しかし、チチをいじめるので、私はジェフにはちょっと冷たい。
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今日は前々より昼から飲む約束があり、美々卯の本店でうどんすき鍋。
しかし、体調が悪いと食欲もなく、ビール少しに日本酒2合でストップする。
「ハイエナのように食って、ウワバミのように飲むから奢りがえもあったのに、体調悪いんやったら、最初から断れ。失礼やっ」と怒られる。
「だって、一晩寝たら治って、美味しいもん食べたら元気になると思ったんやもん」
「その食い意地だけは、すごいわ」と褒められる。

で、いつもはもう一軒もう一軒と、ママのお帰りギリギリまでハシゴするのだが、大人しく映画を見に行く。
『ロンドン・ブルーバード』、イギリスのギャングのお話、面白かったぞ。

で、ママが5時半頃帰ってくるまで、横になっている。
灰色の水便は続いている。一過性のものと思っていたのに…。

e0200261_1848978.jpgママにアンパンとコーヒーのおやつを出すが、手もつけずに「なんで私はここにおらなあかんの」と機嫌が悪い。
もう説得する元気、いや話す気力もないので、当たらぬ神に祟りなし、で流す。
ジェフが、家政婦は見た、をしている。

「ほんなら、帰りませすんでっ」と出て行くのを、力なく見送る。
で、6時にどなかに送られて帰って来る。
私がドアを覗いた時は、もうエレベータで下に降りられていたが、女の人だったらしい。

ママに夕食のコロッケサンドを作ろうと立ち上がって、帰って5分も経っていないのに、また出て行ってしまう。
今日は追いかける元気もない。
警察からの電話を待つことにする。

7時34分、渡辺橋交番から電話がある。
近いのがラッキーである。
自転車で迎えに行くと、「あこちゃん。ごめんなぁ。迷子になってん」と素直なママ。
今日はこのまま、家までゴーストレートで帰れるなと思ったが、なんといってもあの顔のママなので、お巡りさんが私へ不信感を抱いたようだ。
何時に出て行ったのか、どういう状況で出て行ったのかと、初めて職務質問される。

疲れ気味の私の顔が悪人に見えて、涙ながらに謝るママが虐待されてる老人に見えたのかも…。
本部への確認とかで、しばらく待たされる。
が、書類に記入して、どうぞお帰りくださいとなる。

が、途中にまたケータイが鳴って、何時にお母さんが出て行ったのか、また確認の電話が鳴る。
やっぱり、私、怪しい保護者としてマークされたかも…。

e0200261_16132447.jpgで、疲れているはずなのに、背筋を伸ばし、アスリート並みの軽快な歩きを見せるママリン。
これはもう84歳の歩きではない。
顔を隠してみれば、ビクトリア・ベッカムのようである。

どこか身体能力を研究してるその筋の機関で、ママを調べてもらいたいぐらいだ。
私としては、ママの身体は尋常ではないような気がする。

で、御堂筋の入りイルミネーションを見ながら、なかなか乙な散歩となるが、ママは自分の家ではなく、私の家に行くと分かると、また不機嫌な顔になっていく。
が、今日は泊まって明日お帰りと説得して、家に着く。
8時半頃に家に着き、ご飯も食べずに寝はる。

しかし、今回はいろんな教訓が見いだせた。

私がいつもの元気な私だったら、お巡りさんも私の顔色からなにも不信の色を見いださなかっただろう。
私がいつもの元気な私だったら、ママの不機嫌の気分転換のために外食に連れ出していただろう。
いや、私がいつもの元気な私だったら、昼酒でベロベロになって、ママと明るいトンチンカントークをしていただろう。
私がいつもの元気な私だったら、楽しい飲み会となり気持ちよく私に奢ってくれていただろう。

そう、全ての源は“元気”なのである。
元気があってこそ、毎日の生活が楽しめるのだ。

ほんとこの歳になるまで、二日酔い以外で体調が悪いとう記憶は、20代の頃の大病ぐらいで、その後はずっと元気が当たり前の人生だったので、今回の不調は自分でもちょっとショックであった。
もう私も歳が歳なのである。
ムリをすると、ムリがたたるのである。

こんな当たり前のことを考えていたら叔母の康子姉ちゃんから電話。
「さっきから何回も電話しててんやけど、また徘徊なんかなぁと…、なんか胸騒ぎがしてんよ。えっ、また転けたん。顔がお岩やの。えっ、朝まで歩いたん。あこちゃん、あんなぁ〜、あなたが病気になってしもたら一番みんなにとって最悪な結果になるんやから、そろそろ施設も考えときなぁ。ママは施設は施設で、おしゃべりして楽しくやっていける人やから…」。

私の不調のことは話してないのに、そろそろ考えときなさいのアドバイス。
これからは、そっちの方も視野に入れて、施設情報も集めた方がいいかもしれない。

で、ママリン、へんな寝言を言っている。
「あんなぁ、みんなで団体で逃げよっ。一人だけ優しいおばちゃんがいるから、その人に、トイレはどこですかって聞くんよ。そしたら連れてってくれるから、そのスキにみんなでワァ〜って走って逃げるんよ。わかったかぁ。でも、ほかの人は拳銃持ってるから、見つかったら打たれるでぇ。当たったら死ぬからなぁ。ワァ〜って走って逃げるんやで。大きい子は小さい子をオンブして逃げるんやでぇ」。

ママはどんな時代、背景、シーンを見てこんなことを言っているのかは不明。

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本日の家出:2回(善意の人、渡辺橋交番)
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by asayosan | 2011-12-28 16:20 | 今日のママリン

12月26日(月)体調が悪い時のママの相手は症状を悪化させる。

ぐっすり寝たおかげか、朝は起こすとぱっと起きる。
「いつもあんたにばっかり世話になるなぁ。あんたには迷惑かけたくないねん。あとちょっとおらせてな。もう少ししたら母さんに迎えにきてもらうわ」。

朝は、もうめんどくさいので、母さんは死んでますとは言わない。
「はいはい。どうぞ、行ってらっしゃい」
「ほんまにぃ、行っていいの。ありがと。遊んでくるわな」
と、ご機嫌のままで出発してもらう。

ギャラリーも終わったので気は楽なのだが、昨日から私の体調がすごく悪い。
3時から来年の企画の打ち合わせを5時までしたが、ボーとして何のアイデアも出ない。
昨晩は20分起きぐらいに腹痛に襲われ寝られず、今日も1日、灰色の水便が出ている。
身体がだるくて、ずっと寝ていたい気分。

e0200261_14422465.jpge0200261_14421687.jpg食欲も全くないので、ママの夕飯はおでんの残りに骨付き鶏と厚揚げを追加した煮物にする。

きんちゃくには餅や豆やひじきが入っているので、これで十分にお腹はいっぱいになってくれたようだ。

ご飯を食べてる時はご機嫌だったが、食べ終わると「さっ、帰ろかな」と言い出したママ。
今晩は絶対に安静にしたい私。

「ママ、ちょっと身体がしんどいねん。灰色の水便が出るんやけど、どこが悪いんやろぉ」
「そら、お腹が冷えたんやわ」
「灰色の便は…」
「ウンコちゃんは灰色と違います。茶色です」
「だから、灰色が出てるから、どこか悪いのかなぁと看護婦やったママに聞いているんやないの」
「そんな、あんた、お医者さんに行ったんか」
「明日、行こうかなと思ってる」
「アホやな、お医者さんに行かなあかんわ。しんどいんやったら、お薬の準備してあげるわ。お薬はどこやの」
「だから〜、医者には行ってないの。一時的なもんかなと思って、明日も続くようやったら、病院に行くわ」
「あんた、身体、気をつけてなぁ。あんたが死んだら私はどうなるんよ。医者に行きなさい」
「だから〜、今はもう閉まってる。明日もしんどかったら行くわ」
「行ってやぁ。絶対に行ってやぁ。あんたになんかあったら、私、路頭に迷うやないの」
「はいはい。だから〜、ちょと静かにして。横にならせて」
「そやったら、私、出て行こうかぁ。そのほうがゆっくりできるやろぉ」
「だから〜、出て行ったら、迎えに行くのがしんどいから、お願いやからもう寝て」
「そんな、あんたが身体が悪いのに寝てられへんわ。私、帰るわ。その方が、あんたもええやろ」
「だから〜、どうせ迷子になるから出て行かんといて」
「迷子になんかならへんよ。自分の家に帰るんやもん。あんたはゆっくり寝ていたらいいやん」
「だから〜、お願いやから、今日はもう寝て。帰るのは明日にして」
「なんでやのん。明日また、看病しに来てあげるやん」
「だから〜、看病せんでもいいから、少し黙ってちょうだい。しゃべるのもしんどいの」
「はいはい。わかりました。私がうるさいんやなっ、寝たらいいんやな。ほんなら寝ます」
「はい。そうしてください。とても助かります」
「あんた、薬はどこやの。お水、持ってきてあげるわ」
「だから〜、薬はないの。明日、医者にいくの。お願いやから、寝てちょうだい」
「はいはい。わかりました。あんた、身体、大事にせなあかんよ」
「わかってますって。だから、静かにちょっと寝かせてください」
「はいはい。ほんなら寝るわ。寝たほうがいいんやろ」。

で、8時ぐらいに寝てくれました。
その前に、日曜日から溜まっている洗いもんを頼むと、「しんどいんやったら、しかたないなぁ」と、えらく恩着せがましことを言って、いいかげんに洗ってくれる。

で、ほんとにほんとに、何十年ぶりかの不調である。

たぶん木曜日のオールナイト徘徊の付き合いで、身体が冷えたのだと思う。
ママの足のスピードは、私にしたら遅いので、運動エネルギーとして熱を発散することもなく、どんどん身体を冷やしたための疲労が内蔵にきたような気がする。
または、積もり積もったストレスが、オールナイト徘徊で内蔵に負担を与えたのか…。

まっ、どちらにしても、しんどい時に、ママの相手にするのは、ホントにホントにしんどい。
今まで笑い話にできたのは、私が元気だったからなのだ。
ここへきて、老老介護のしんどさを、ちょこと予見する。

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by asayosan | 2011-12-28 15:09 | 今日のママリン

12月25日(日)口は悪魔モードだったが、身体はかなりお疲れか…。

朝までぐっすり爆睡のママリン。
割れたメガネをかけたまま寝ている。

8時45分に起こすと、全くごねることもなく、「はい。わかった」とパッと起きる。
顔を洗い、歯を磨きしてるが、痛いとも、顔が腫れてるとも言わない。
鏡を見てないのか…。

でも、寒いのでパジャマのままで行くそうである。
それで結構と、そよ風さんに行ってもらう。

石川さんに、昨日、また転けたことを報告する。
1日置きに転ばせている私。大丈夫なのだろうか。

e0200261_16164312.jpgで、メガネ、メガネ、メガネがないと、メガネがないと暴れるママなので、せんば心斎橋の眼鏡市場にレンズを入れてもらいに行く。
今回はプラスチックレンズにしたので、レンズにヒビが入るも割れてないのが不幸中の幸いで、ママはいつもギリギリでツイているのである。

で、やっぱりというか、年末年始を挟むので、レンズの取り寄せが1月12日になるという。
これから18日間も、ママにメガネがない、メガネがない…、ほんで、あんたが隠した、盗った、無くしたといらぬ嫌疑をかけられるはかなわないので、片方のレンズのないメガネを持って帰って、1月12日にレンズを入れてもらことにする。

たぶんママは、レンズがないことには気づかないであろう。

ギャラリー最終日で、その後搬出もあるのに、ママは早めの5時に帰ってくる。
その上、もう反抗的なモードに入っている。

「フンッ、なんでこんなとこに来なあかんのっ。私の家に送ってくれるって言ってたのに、こんな家、私の家と違うやないのっ。フンッ、また騙されたわっ。なぁ〜、なんで私がここに散れて来られてきたんか、説明してとうだい」。
あ〜、またややこしい難問を…、いや答えは簡単なのだが、ママが納得すとような答えはないのだ。
なにを言っても、無理矢理連れてこらたんやっ、になる。

で、いつものように、「ほんなら帰るわ」となった。

「もう、遅いし、暗いし、帰るなら、明日にしいよ。この家がいやなら、寝てしまい。寝てたら関係ないやろ。明日の朝になったら、出て行ったいいわ」
「ほんまや。起きてて、あんたの顔見るのもイヤやわ。しかたない。寝るしかないわっ。ジェフ、ジェフ、寝ましょう。起きててもろくなことないよっ。この家は怖いわ」。

と、あっさり、布団に入ってしまったママ。
人の気配がなくなると起きてくるので、ギャラリーは作家さんらにまかせた下にいる。

しかし、どうも爆睡に入ったようだ。
そら、あんなけ歩いているのだから、疲れてないわけがない。
私もふくらはぎが痛いのだ。

で、7時ぐらいにギャラリーに上がって、軽くビールで打ち上げ乾杯して8時閉店。
それから搬出作業して、9時にはギャラリーが空っぽになる。

で、ママ、朝まで爆睡。
とっても助かったのである。

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by asayosan | 2011-12-25 16:17 | 今日のママリン

12月24日(土)ママまた転んで、深夜の救急搬送…。さらに顔がゾンビ化。

一晩経って、左目の腫れがえらいことになってるママ。
顔の内出血したとこも紫色になっている。
お岩とゾンビが混ざった、そら恐ろしい顔だが、本人は痛くないそうである。

奈奈さんのお迎えが来て、22日は徹夜で朝まで歩いていたことを告げると、やっぱりびつくりされている。
今日あたり、疲れがドッと出て、デーで居眠りしそうだと予測。

e0200261_1428585.jpge0200261_14282464.jpgで、7時過ぎに帰って来たが、奈奈さんでも寝なかったそうだ。
昼食後に、ちょっとだけコックンとしたそうだが、後はいつもの通りしゃべっていたそうである。

奈奈さんで夕食を食べているのだが、とってもうまくできたおでんを食べてもらう。
昼に昆布でダシをとって作ったものを冷まして味をしませておいたので、大根、コンニャク、ネギが素晴らしいぞ。
日本酒をチビチビやっていたら、正月用の吟醸酒を空けてしまう。
ほらほら、やっぱり、買うのが早すぎた。

ママは、おでんを絶賛しながらいつものゾンビトークである。
昨日の、夜は短し歩けよ婆のことはすっかり忘れている。
おまけに、顔の青タンも腫れにも、気づいていない。

で、ママには新しいパジャマに着替えてもらい、8時に寝はる。

ギャラリーを8時に店終して、おでんを温め直して、本日買って来た清酒で、やっと静かになった夜と共にチビチビやる。

ところが、9時40分にママが起きてきた。

「なぁ私、明日は帰るわな。どうやって帰るんやったっけ」
「今言っても忘れるから、明日、紙に書いてあげるわ」
「でも、だいたい、どのへんやったか教えてよ」
「だから〜、明日にしようよ。明日の朝でも間に合うやん」
「そんな、ちょっとだけのことやのに、教えてくれてもいいやんかっ」
「どうせ、すぐ忘れるから、紙に書いてあげるって言ってるのの、どこが悪いの」
「あ〜、あんた、私が話しかけたら、イヤそうな顔するなぁ。私はそれがイヤやねん。私のこと嫌いやったら、呼ばんかったらええんやっ。わかった。やっと本性が見えたわ。今から帰ります」
「はい、どうぞ」。

で、パジャマの上にフリーズを着て、出て行きました。

ちょっと酔っぱらっていたので、ママは布団で寝てたっけ、いや、出て行ったんやったわと、時々どっちがどっちなのか分からなくなりながらも、ママのいない夜を喜んでいたとこも大いにあった。
どうせ、どこかの警察から電話がかかってくるわと楽観していた。
電話がかかるまでは、一人を楽しんだらいいんだと横着していた。
電話がかかれば、お迎えに行けばいいんだから、それでいいのである…と。

11時38分に天満警察から電話がある。
「お母さん、今、家にいる? いないの。出て行った時の服装、教えてくれるぅ」。

近くてラッキーと思っていたのに、どうも救急車で運ばれてるとか、顔にケガをしてるとか、搬送する病院を捜してるとか、おっしゃる。
「はいはい、その顔の腫れは、金曜日に転んだものでたいしたことありませんので、今から天満警察に行きます」
「え〜と、ちょっと待ってな。病院に搬送されるかもしれないんで、救急の人に直接電話させるわ」。

で、救急の方から電話がある。
「もしもし。その顔の腫れは金曜日のものですから、たいしたことありませんから…」
「いや、顔に切り傷もあるんですよ。メガネも割れているし…」
「えっ、メガネが割れてるっ。また母は転んだんですか」
「そうみたいです。天神橋六丁目の加納病院に搬送します」
「はい。わかりました。すぐ向かいます」。

で、地下鉄北浜駅に行けば、もう最終が出ていた。
タクシーであっと言う間について、病院に入るとストレッチャーに寝かされたママが検査を終えて、診察室に入ってきた。

救急の人の話だと、西天満で転んで、善意のカップルが救急に電話してくれたそうだ。
身元が分からなかったので、天満警察に連絡したら上記の経緯ですぐにママと分かったわけだ。

「これからは、連絡先とか、どこかに書いといてくださいね」
「はい。いつもは迷子札だらけなんですが、今日はパジャマのままで出て行ったもんで」。

今日に限って、名前を書いてないパジャマで出て行った。
徹夜で歩いてるのだから、足はヘロヘロだったはずだ。
やっぱり、後ろを尾行するべきだったのだ。
あ〜、やっぱり私が横着した分、悪い方に転がっていくもんである。
神様は見ているのである。

で、レントゲンもMRIも脳は大丈夫だそうである。
その後の対応もテキパキで、1万円の預かり金を置いて、平日に清算することになる。

ここだけの話、前に搬送された京橋の病院はひどかった。大事をとってという理由で無理矢理の入院となり、そのママのベッドを作るために2時間も待合室で待たされて、ママがヘロヘロになっていたという矛盾。おまけに夜暴れたママ、ベッドに縛られて一晩中起きていたという矛盾。

ママはさらに酷い顔になって、目は腫れ腫れ、なのに、なのに、「知らない人に、こんなとこまで連れて来られてん。私はなんも悪いことしてないんや」と怒っている。

「あんた、もうタクシー乗ろか。そんな遠くはないんやろ」
「はいはい。もうタクシーしかありません」。

最近、タクシーに乗る味を覚えたのが、ちょっとイヤな予感がするが…。

で、1時40分に家に着いて、ママはすぐにバタンキューで寝はる。

本日の評価:評価不能
本日の家出:1回(天満警察、救急搬送→加納病院)
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by asayosan | 2011-12-25 15:53 | 今日のママリン

12月23日(金)昨日の続きのラビリンスの、引き続きゾンビイベント。

家に着いたのが朝の7時。
そよ風さんのお迎えまで、あと2時間である。
寝かせていいものか、どこかにモーニングを食べに行くべきか、あと2時間の過ごし方を考える。
寝たら起きない気がするし、今日は休日なので開いてる喫茶店はないし、ドトールでも行こうかと計画してたら、ママがまた出て行ったぞ。

「ほんなら、帰りますわ。明るいから、今のうちに帰るわ」。

行けっ、行けっ、行ってまえっ。
あと2時間、このあたりをウロウロして、また交番から電話があったら迎えに行ったらいいんや。
ちょうどいいわ。行ってください。どうぞ。どうぞっ。
9時までに帰ってきたら丁度いいわ。どうぞ、お好きに行ってください。
と、放置する。

しかし、8時過ぎても電話がない。
まっ、あと1時間あるが、もし、お迎えに間に合わなかっとしても、私がそよ風さんまで、首に縄をつけてでも、連れて行ってやるっ。
今日は、絶対にデーは休ませないからなっ。
はい。もう終わりです。私の時間は終わりです。もう、自由にさせてもらいます。

で、8時12分にケータイが鳴りました。
しかっし〜、相手先の表示は、此花警察。

ガっクン〜。
タクシーに乗りやがったな。
すぐに迎えに行くと伝えたが、そよ風さんに間に合うためには、私もタクシーで行かなければならない。余計な出費である。

が、此花警察のお巡りさんが機転を利かしてくれて、無銭乗車された運転手さんがまだいるので、このままそっちにタクシーで行ってもらうことにすればどうかと提案してくれる。
もちろん、そうしてください。助かりますで、タクシーを待つ。

そよ風さんのお迎えの9時には充分に間に合う。

で、タクシーに乗って、ママが帰ってきました。
送ってくれた運転手の人に感謝していたのに、「あちこち連れ回されてえらい迷惑でしたわぁ。運賃は4180円やけど、いくら色を付けてくれるかは、まかせるわ」と、自分からチップの上乗せを要求するのにカチンと来て、1万円出して、5000円のおつり下さいとキッパリ言う。

あちこち連れ回されても、メーターが上がって得なのだから、ゴチャゴチャ恩着せがましいことを言わなければ、もう少しはずんだものを、残念。
理事長が一緒にいてくれたのが、頼もしかったぞ。

家に帰って、コーヒーを出したところで、そよ風さんからお迎えの電話。
一睡も寝てないことを告げて、ママは着たきり雀のヨレヨレのフリーズのまま出発する。

で、6時前にママがそよ風さんから、手作りのサンタの帽子を被って帰ってきたぞ。
なんと、まぁ、デーでは一睡もしなかったそうだ。

84歳のばあちゃんが、夜の7時から朝の7時まで12時間も寒い野外を歩きどおしで徹夜して、温存していた熱エネルギーも相当に消費していると思うのだが、そのままデーで居眠りもしないという快挙。
なんなんだっ。
これが認知症のなせる技なのか、ママの元々の強靭な身体能力のせいなのか、それが分からない。

ラバコちゃんも、「ほんと、ぜんぜん眠らなかったよ。一緒に徹夜したんでしょう。大変んやん。よう、頑張るねぇ」と労ってくれる。

でも、私もそれほど大変と思ってないところが、ここまで歩かれると元山岳部の性で開き直れる心身と、今も不夜城なキタの賑わいの情報収集ができたという元ぴあの習性かもしれない。
どっちにしても、ママの動向の最終的な行方と、深夜の街ネタへの好奇心という、いつもは寝ていて関係ない世界に接触も出来たわけで、なんか得した気分もある。
そう、私は、転けてもソンしない女なのである。
どんな状況でも、何らかのプラス材料を見つけることにかけはプロなのである。

で、本日はギャラリーで環境音楽系のバンドが3つ出るホラー・イベントがあり、ママのおしゃべりが上に筒抜けでは困るので、イベントに来てくれていた知り合いには、隣のGOZOで飲んでるからと声をかけて出て行く。

5時半に、そよ風さんからお帰りの電話があり、デーではデーのクリスマスイベントで、手作りのサンタ帽子を被ったママを、車から降りたそのまま隣のGOZOに連れて行く。

いつもは休日は空いているのに、ほぼ満員で、7時から予約がる奥の席に行く。
いつもは休日は空いているから、スタッフは3人しかいない。
これは大変だろうと思うが、やっぱり対応が遅いとイライラするので、自分でオーダーを言いに行く。
ママにはスペイン風サーモンのピザ、私はししとうのフライとブタのモロー風、赤ワインのデキャンタを頼む。
で、あのステーキはもう終了したそうで残念。
ママは、いつもように殻つきピーナッツを剥くのに夢中なので、ほっておく。

しばらくして、ベイベーちゃん夫婦が寄ってくれて、しばし一緒に飲む。
二人はワインの試飲会帰りで、12種類も飲んできたそうである。
うちのギャラリーをきっかけで、ギャラリー回りの楽しさに目覚めたそうだが、それはとっても嬉しいことなので乾杯する。
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e0200261_2136146.jpge0200261_21364388.jpg7時頃にギャラリーに帰ると、満員だったお客さんたちはほとんど帰り、怪しいゾンビ・メイクとコスチュームのスタッフさんらになっていた。

ママもサンタ帽子に、ホンマもんの生青タン、生タンコブ、腫れ目を作っているゾンビ顔だし、ゾンビトークにかけては名人なので不足はない。
いや、作りもんではない外観と本気マインドでは、ママがナンバー1のゾンビであろう。

で、皆さんとおつかれさんの挨拶をしていたら、ママの気配がない。
下で寝ているとばかり思っていたら、ギャラリーの椅子に座り、コックンコックンしていたぞ。

ママを下に連れて行き、パジャマに着替えて…、おっとパジャマのままだったので、そのまま寝てもらう。

それから、ギャラリーで作家さんらと飲んで、8時ちょっと過ぎに閉店。

長かった夜、いや、短かった夜。ゾンビたちの夜、いやゾンビが寝た夜。
なんか時間感覚が分からないまま、コタツで寝てしまい起きたら3時。
パジャマに着替えて、寝直す。

なんか、面白いエピソードが盛りだくさんだったのだが、忘れていることも多い12時間。
思い出したら、追記しようと思う。

本日の評価:昨日の続きを含む005.gif021.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif070.gif009.gif045.gif044.gif043.gif014.gif
本日の家出:早朝の此花警察
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by asayosan | 2011-12-24 18:51 | 今日のママリン

12月22日(木)ついに朝まで徘徊したスペクタル・ママリン、夜は短し歩けよ婆。

朝の7時過ぎに起き出したママリン、トイレに行ってまた布団に戻るかと思ったら、玄関のドアをガチャガチャしている。
部屋中をウロウロして、ギャラリーに上がってドアをガチャガチャしている。
その間に、部屋の窓を開けて、空気の入れ替えを兼ねて部屋の温度を下げ、寒くてまた布団に潜り込んでくれる作戦に出たが、降りてきて、部屋中をウロウロして、また玄関のドアをガチャガチャ。
「かめちゃん、かめちゃ〜ん。どこに行ったん。ここ開けてぇぇぇ」。

寝たふりしてると、またギャラリーに上がり、ウロウロしている。
で、とうとう出て行きました。

しばらくして、下に見に行くと、管理人室でいつもの二人と和歌山のおばちゃんといた。
「今日はかめちゃんがいなくなったから、捜しに来たんやてぇ」
「かめちゃんは死んでるから、朝ご飯、食べに帰ろ」
「えっ、死んでるのぉ。なんやぁ」
「はよ、一緒に帰って、ご飯、食べてきぃ」
「はい」
と、妙に素直に一緒に帰ってくれる。

で、まるで夢遊病者のようであった30分のことはすっかり忘れて、いつもの朝の準備をして、「ほんなら、下で待ってるわ」と明るく出発。

しかし、これがママリン始まって以来の史上最大の行軍の幕開けになろうとは…。
本日長文、いやぁ、ロングロングな夜へ続く。

夜は短し歩けよ婆。

6時前に帰って来た時から、「さっ、それでは帰ろうかなっ」と不穏な動きはあったものの、本日はケアマネジャーの松岡さんの訪問日である。
「ママに会いに来てくれるんやから、ちょっと待っときなさい」と説得するが、「いいや、母さんが待ってるから、早く帰らなあかんのっ」。

でも、松岡さんが来てくれると、「まぁ、あいかわらずお綺麗なぁ」とニコニコになったが、それでも、「母さんとこで暮らすんです。この子とはなんの関係もないのに、他人さんとこで世話になるわけにはいきません」と言張り、二人でお母さんはもう亡くなっていると手を替え品を替え説明するが、断固、生きているを曲げない。
「やはり肉親と一緒に暮らしたいんです。この子は、姪かなんか知らんけど、気疲れがするんです。何かしてもらうのが気ずつないんです」。

「私、看護婦の免許を持ってるんです。だからどこかの病院で働けるんです」
「酒井さん。たぶん、看護婦のお仕事はないと思いますよぉ。やっぱりお歳ですからぁ、今は若い人の仕事もないぐらいですからぁ、一度ハローワークにご案内しましょうか」
「そんなんはいいんです。私は静脈注射が上手いんです。若先生はヘタだったので、注射はいつも私がしてたんです」
「今の医療はママはムリやん。第一、制服が入らへんわ」
「制服ぐらい、病院がくれます。私は、先生の往診などもカバンを持って走り回っていたんです」
「そしたら酒井さん、私、最近喉が痛いんですが、なんなんでしょうかね」
「それは、食事の問題と違いますか」
「そしたら、最近、おしっこの出が悪いんですが、これはどういうことなんでしょうか」
「それは、食事の問題と違いますか。植物繊維の多い食べものを摂ったらいいんです」
「ママ、それは、便秘やてっ」
「でも、私は静脈注射が上手いんです。痛くないように打つのが上手いんです」
「どんなけ、注射が好きなん」
「そしたら、そよ風さんにも看護士の方がいられるので、注射のやり方を教えてあげてください」
「はい。私、注射は得意なんで、教えて差し上げます」
「そしたら、明日もそよ風さんに行きましょうね。そよ風邪さんも酒井さんがいろいろ手伝ってくれるので、助かるって言ってはりましたよ」
「そんなお上手ばっかり…。私みたいなもんが役に立ってるわけがありません。私はこの家の世話になるのがイヤなんです。どこかの施設で、皆さんの手助けがしたいんです」
「酒井さん。施設に入ったら、お仕事はさせてくれませんよ。それに、今みたいに自由に出かけることもできませんよ。やはり団体行動なんで、規則は多いですよ」
「私は団体行動は大好きなんです。そしてみんなの手助けをしてあげたいんです」
「いや、酒井さん。何もしないでくださいって言われますよ。ここが一番いいですよぉ」
「そうかなぁ〜。この子とは親子なんで、なでもポンポンと言えるから楽なんです。なぁ〜、ここにおっていいかなぁ。悪いことしたら怒ってくれていいから」
「いいよ。あ〜、やっと、なんか落ち着いてきましたね」
「よかったです。明日はそよ風さんにも行きましょうね」
「はい。私、あそこ、大好きなんです」。

松岡さんの取りなしで、ご無体な言動から、まぁ普通のご機嫌に戻り、ミーティングは終了。
助かったである。

e0200261_1434552.jpg理事長から柚子をもらったので、うどん入りのお鍋を10分で作ったのに、「いらない。家に帰るわ。帰って母さんと一緒に食べるから、これはあんたが食べて」と、7時に出て行く。

ギャラリーは作家さんが在廊しているので、ママには出て行ってもらい、私は鍋をちょことつつき、日本酒をクィっとやる。
しかし、なぜに、湯気が沸き立つ鍋を見向きもせずに出て行けるのだろう。
アンパンだったら、引き止められたかもしれない。

ギャラリーに永田パパさんが来てくれて、「下でお母さんに会ったわ。うちのが一緒に歩いてるから、連れて帰って来てくれるわ」。
とってもありがたやである。
で、7時半頃に、ママは永田ママに付き添われて帰って来て、みなさんから「おかえりぃ〜」と大歓迎されたのに、「もぅ、私みたいのが、こんなとこにおったらあかんわ。下にいっとくわ」と、いつもと違い、なんか謙虚なママリン。

一緒に下に降りて、鍋を勧めたがまた却下され、「ほんなら帰るわ。いいからいいから、あんたは仕事しときなさい。私のことは気使わんといて。自分で帰れますんで…」。
で、出て行ってしまったぞ。

理事長が訊ねてきてくれて、「和歌山のおばちゃんが堺筋でお母さんに会ったそうやわ。帰ろう言うてもアカンかったそうや」と、情報を入れてくれる。
「俺、追いかけたろか」に、「いえいえ、ギャラリー終わったら捜しに行きますんで…」。

店終いをして、ショボショボと鍋を食べていたら、8時15分にケータイが鳴る。
善意の人からで堺筋と本町通りの角のへんにいるので、こちらまで送ってくれるそうだ。

その送って来てくれた方が素晴らしい人であった。
大阪国際会議場にお勤めだそうで、ママが玄関あたりでウロウロしていたのをお声をかけてくれて、此花に帰りたいと言うママを送って行こうとしたが、ママのカバンに付けた迷子札に気がついて電話をかけてくれたそうだ。
で、そんな経緯もきっちり説明してくれる。

冷蔵にあったグレープフルーツ、柚子、レモンの柑橘系をセットにした在り合せのお礼にも、「僕、フルーツ大好きですから、ありがたく頂きます」と、スマートに受け取ってくれる気遣いと配慮。
久々に清々しい好男子さんに会い、心に花が咲く。

8時40分のママはパジャマに着替えて、お布団に入る。
2回の家出があったものの、永田ママや好男子さんらのおかげで無事に1日が終わり、なんと感謝したらいいのだろうと、そんな優しさに包まれた静かな夜を過ごすはずだったのに…。

ママリン、ガバッと起きて、「あんた、子供たちは…、あかん。こんなとこにおられへん。子供がいなくなったわ。あんた、知らんの。あんたはひどい女やなぁ。捜してくるわっ」。
で、パジャマのままで出て行きました。

私も着替えて、フリーズを持って自転車で近所を捜して、東警察署に回ったところで、9時20分、東警察署からケータイが鳴る。
迷子課で、迷子のママは毛布に包まれ、子供がいなくなったと必死に訴えているが、現実にいない子供を捜せるわけがなく、お相手をしてくれた婦警さんもホトホトだったろう。

しかし、警察署を出ると、「あんたの家と違う。あんたの家から子供たちがいなくなったんやないの。こんなに暗くて寒くなってきたのに、あの子ら泣いてるわぁ。あんたは家に帰りっ。私はこっちを捜します」と、また本町通りを行ったり来たりしはじめた。
道行く人に、「このあたりにお巡りさんがいるとこをご存知ありませんか。子供が誘拐されたんです」と、インパクトある摑みで、道行く人の足を止め続ける。

東警察署の横の道が通行止めの大掛かりな工事となっていたが、そこの作業員さんたちに、ママは5〜6回は同じことを聞いていたであろうか、後ろを歩く私には、「おつかれさん」と声をかけくれる。

10時頃、また東警察署に舞い戻って来る。
「子供がいなくなったんです。この子は捜しもしないんです。どうせ自分の子やないから、どうなってもいいんです。この子は子供が嫌いやから、ほり出したんです。どうしたらいいんでしょうかぁ」
「子供の迷子の報告はきてないし、大丈夫やからお帰り」
「何を根拠に大丈夫なんですかぁ。証拠があるんですか。いい加減なことは言わんといてください」
「だからぁ、小さい子供は親の家でご飯食べてるのに決まってるやん」
「なに言うてるのん。親は私やん」
「おばあちゃんの子供なわけないやろぉ。心配せんでいいから、もう帰り」
「いいやっ。ここは本当に警察なんですかっ。子供がいなくなったのに見殺しにするような所が警察ですかっ。分かりました。帰ります。二度と来ませんからっ。おぼえとけよっ」。

e0200261_15181588.jpg警察を出て、家に帰るきっかけを探る。
「ママ、子供は親の家にいるからぁ。ママはおばあちゃんやん。子供はやっぱりママが好きなんやから。もう帰ろうか」
「そうやなぁ。あんたの家に帰ってきてるかもしれんから、ちょっと帰ってみよか」
「はいはい。クーとチチとジェフが待ってるわ」
「それは、猫やんっ。人間の子供やっ。あかんわ。やっぱり、あんたはアカンわ。あんたは帰ってっ。私は家に帰るっ。子供たち、家に帰ってるかもしれんわ」。

で、ママは本町通りを東へ真っすぐに進みだすが、コンビニや店の前では、外から店内をのぞいて、子供を捜している。
ママにしたら、真剣に子供を捜しているのだろう。
もう11時になっているので、世間一般の子供たちはお布団の中である。残念。

しかし、最近はあまり長期を歩いてないので、エネルギーが満タンなのは確かだ。
ついでなので、ママの身体のガソリンを、最後の一滴まで消費してまえホトトギス作戦にする。
だんだん寒くなってきて、自転車に乗って来たのを後悔する。
歩きなら、ちょこっと走り回ったりもできたのに…。

谷町4丁目の交差点で、ママは自分の家に帰る道を教えてと言うので、大阪城公園の南側の寂しい道を教えてあげる。
寒風吹き荒む中、スタスタと歩くママ、全く疲れが見えない、リズミカルな足取りである。

KKRホテルのあたりでUターンしてもらい、次は中央大通りを西へ向かう。
車が走るだけの殺風景な道であるが、ゆるい坂道をものともせず、快足である。

12時頃に大阪府警のとこまで戻って来て、バス停で待ってる人に、「梅田にはどう行ったらいいですか」と聞いている。
「梅田行きのバスは、もう出ましたよ。タクシーですねぇ」
「お金を持ってないので、どっちの方向かだけ教えてください」
「歩くんですか。遠いですよぉ」
「はい、大丈夫です」
で、ほっぺが痛くなるような寒さの中、フリーズだけの老人と、自転車を押している中年女のコンビに、怪しい視線を向ける。
どっちにしても、この寒さの中では、二人共薄着過ぎる。

で、人っ気のない大手前から、谷町を越え、松屋町を越え、堺筋を越えるが、店はもう閉店してる所が多く寂しい。
ママは、数少ない通行人をつかまえては、「梅田に行きたいんです。方向だけでいいから、どっちの方かを教えてください」と聞きまくっている。
方向だけを教えて欲しいというシュールな質問に、皆さんとっても困った顔をされるが、もう地下鉄もないので、だいたいがタクシーを勧めてくれる。
そうなると、「あっ、もう結構ですので。すみません、大丈夫ですから」と、丁寧にお礼をしてその場から離れる。

御堂筋に入ると、人通りはぐっと増えて、ママの足取りに弾みがつく。
「梅田はどこですか」と聞けば、「ちょっと遠いですが、この道を真っすぐです」と、ママにしたら明快な答えが返ってくるからだ。
でも、皆さんの、「でも、タクシーの方が早いですよ」の善意の忠告は無視する。

で、軽快な歩みだったのに、淀屋橋の上で突然ベチャと前のめりで転けてしまったママ。
皆さんがワァと寄って助けてくれるが、私が手を出しても、「あんたの手助けなんか借りへん。自分で立てます。ほっといてっ」。
助けてくれた方々に、私は娘ですのでと説明して、行ってもらう。

ママは自分で脱げた靴を履き、私が持っていたメガネを奪い取り、「痛いわぁ。あんたがつけてるから転けたんやないのっ。あ〜、痛いっ。ほんまあんあたは疫病神や、どっかに消えてっ」。

転んだことが帰るきっかけにもならず、梅田への行軍を続けるママリン。
足を引きずることもないので、たいしたことはないようだが、ママの左頬に、見る見る大きなコブが膨らんできたのには、悪いが笑ってしまう。

アメリカ領事館の前でお巡りさんを見つけて、
「すみません。梅田はどっちですか。あっちですか。あの〜、門司に行きたいんですが、どっちでしょうか」
「門司って、百舌ですか?」
「いいえ、下関ってありますでしょう。山口県の。その関門海峡を挟んで門司があるんです」
「九州の門司ですか」
「はい、そうです。門司に帰りたいんです」
「もう新幹線もありませんから、今日は行けませんね」
「そうなんですか。ダメなんですか。はい、わかりました」。

このあたりまで来ると、深夜1時過ぎとは思えないほど、どこのお店も超満員、道ゆく人も溢れ返り大賑わいである。
連休前ということもあるが、さすがにキタは不夜城である。
こりゃどっかで一杯やれるなと、私の期待は一挙に膨らみ、お店を物色しながらママをつける。

焼き鳥屋の前で、「ママ、お腹すかへん。ちょっとご飯食べようか」と誘ったが、「私はいりません。あんたは、お腹すいたんやったら、入ったらいいやん。私は行くわ」で、けんもほろろに断られる。
まだ、声をかけるのが早かったようだ。

堂山の交差点に来たところで、どっちに行こうか途方に暮れ出したママリン。
道行く人に、「梅田はどこですか」と聞くが、「ここです」と答えられ、「門司に行きたいんです」と聞けば、「新幹線はもう走ってないよ」と答えられ、なにをどう聞いても、だいたいの人が「おばあちゃん、もうタクシー乗り。地下鉄も走ってないわぁ」と言われ、ママの今後の方針の線が切れる。

この時間に街にいる人たちは、みんな酔っぱらいなので、ママに親切に対応してくれるものの、あっけらかんのご機嫌さんなので、ママの真剣な顔とは対照的である。
こうして、どんどん、どうしたらいいか分からない状態になってきたママなので、「ママリン、ご飯食べるのと、帰るのと、どっちがいい?」と声をかける。

「なんやっ、あんた、まだ私を付け狙ってたんかっ。私みたいなおばあちゃんを尾行すてるヒマがあったら、家に帰りっ。私は自分の家に帰りますから」。
深夜2時なのに、まだまだ全然ダメではいか。

堂山の交差点前では、タクシーもお客も入れ食い状態で、次々にドアが開いて、人が乗って、車が走り去っていく、景気のいい風景。
バブルの時は、タクシーが圧倒的に足らなかったが、今は手を挙げればすぐ乗れるといういいバランスである。

そんなシステムをしばらくじ〜っと眺めて学習したママ、東通りの横の新御堂で、自らタクシーを捕まえる作戦に乗りだしたぞ。
これはヤバい。
もし、タクシーが止まれば、すぐに断れるよう、自転車を止めて待機する。

しかし、新御堂の車道に出て、素早く手を上げるタクシー慣れした人たちや、遠方そうなサラリーマンの上客がいるのに、フリーズを着た手ぶらのばあちゃんの前に止まるタクシーはなく、ただボォ〜っと立ち尽くしているママをしばらく傍観する。

で、ついにママは、道に止まっている普通乗用車の窓をノックしだしたぞ。
「ママ、ママ。人の自動車を叩いたらあかんやん」
「ぜんぜんタクシーが止まってくれへんから、これに乗せてもらおうと思って…」
「ママ、これはタクシーと違うから」
「そんなこというても、タクシーが止まってくれへんねんもん」
「ほんなら、そろそろ帰ろうか」
「あんたとこの家は、歩かなあかんからイヤや」
「もう、しんどいの」
「足が痛くて、もう一歩も歩かれへん」
「分かった。ほんなら自転車を泊めてくるわ。タクシーで帰ろか」。

で、駐輪場に自転車を泊めて、タクシーで帰って家に着いたのが2時半である。

もう、そのまま布団に入ってもらい、私も着替えて布団に入ったところで、またまた文句を言っている。
「あ〜あ、また囚われの身になってしまったわ。なんでいつもこうなるんやろぉ。母さん、助けて。門司に帰りたい。私を付け狙って、なんの得があるんやろ。金か。金が目当てやったら、私やなくて、もっと金持ちを狙ったらいいんや。なんの魂胆があるんやっ」
「ママリン、うるさいわぁ。もう寝てくれるぅ。明日、朝一番で出て行っていいから、早く寝てください。朝、寝かせてって頼んでも、たたき起こすよ。さっさと寝てっ」
「はい。わかりました。明日やなくて、今から出て行きます。寒い、ここは寒い。こんな所で寝てられへんっ」。

で、玄関のドアをガチャガチャしてたが、ドアが開いて出て行く。
時計を見ると3時15分。
こりゃつけるしかないので、今度は厚てのロングオーバーを着て、手袋もして、ブーツを履いて、自分だけ完全武装して出発。

深夜3時代の北浜は完全なゴーストタウンである。
遠くに人影を見つけると、そっちに向かって歩いていくママ、「このへんにお巡りさんがいるとこを教えてください」と聞いている。

知らない、分からないという返事が多いので、「ふんっ、この街は平和なんやなっ。お巡りさんが必要のない街なんやなっ。ここに大悪人がいるのに、捕まえる気はないんやなっ」。

とはいえ、ほんとに人通りのない北浜、コンビニの兄ちゃん、ゴミの集配車の運転手さん、なにかの夜勤明けの疲れた人が、ママの質問の犠牲になる。

で、やっとこさ北浜交番を教えてもらったママ、ラッキーなことに5人ぐらいのお巡りさんが待機していた。
「あ〜、よかった。お巡りさん、おったわぁ。あのぉ〜、子供がいなくなってしまったんですぅ。誰かにさらわれたと思うんですぅ」
「あれっ、酒井さんやん。こんな夜遅いのにぃ。もう4時やん。なにしてんの。寒いから、もう帰りなさい」
「なんで、お宅は私のことをご存知なんですかぁ」
「何回も会ってるやん。酒井アサヨさんでしょ。みんな知ってますよ」
「なんでですかっ。私は逮捕されたことなんかありませんよっ」
「よく迷子になってるやん。さっ、遅いから娘さんと一緒に帰りぃ」
「こんな子は娘やありませんっ。赤の他人ですっ」
「なに言うてるのぉ。いつも迎えに来てもらってるやん。寒いから帰りって」
「わかりました。子供を捜す気はないんですね。こんなちっちゃい子供やのにっ。まだ小学生なんですよっ。私がちょっと目を離したスキに、いなくなったんです」
「子供っておばあちゃんの子やのん。おばあちゃんいくつやの」
「70歳です」(ウソつけ)
「それやったら、おばあちゃんと娘さんの歳の釣り合いとれてるやん。おばあちゃんにそんな小さい子供はいないから、大丈夫って」
「あ〜あ、わかりましたっ。捜す気はないんですねっ。この大ウソつきの女の言うことを信じるんですねっ。お巡りさん目は節穴ですかっ。この子は大悪党なんですよっ」
「おばあちゃん、あまり大きな声ださんでちょうだい。近所の人が起きるわ」
「起きてもよろしいっ。こんないい加減なお巡りさんはあかんわ。私、此花警察の偉い方と知り合いなんです。そっちに頼みますから、もうけっこうですっ」
「そら、此花警察も、おばあちゃんのことはよぅ〜く知ってはるわ」
「はい、そうです。警察の幹部の方と、私、懇意にしてますんで、そちらに頼みます。はい、帰ります」
と、いったん交番を出るが、また戻ってきて、「おぼえとけよぉ。市民の味方の交番が、市民をいじめるんですかっ。警察に訴えますからねっ。あ〜あかんわ。警察もあかんわ」とわめき、お巡りさんにシ〜と咎められる。

で、交番から御堂筋にたどり着いたママ、御堂筋の彫刻の横のベンチに座りポツネンとしている。
何かを訊ねる人もなく、ただ車だけがウォンウォン通り過ぎる御堂筋で、一人ぼっちである。
が、楽器を持った若者グループがママの前を通り過ぎていく。
ママは、はっと気がつき、「すみませ〜ん。ちょっとお願いしまぁ〜す。ちょっとお尋ねしたいことがあるんです。お願いでェ〜す。待ってくださぁ〜い」と追いかけるが、イヤホンをつけて、大股でスタスタ歩いていくグループは、どんどん遠くに行ってしまう。

ベンチに座ってる私に気がついたママ、「なんやっ。あんたまだつけてたん。へんな女やなぁ。気持ち悪いから、どっか行ってっ」。
これにプチンと来る。

「ママ、どこに行きたいの」
「自分の家に決まってるやん」
「そこの住所を言ってみなさいよっ」
「そんな住所なんかいらん。春日出に行ったらわかるっ」
「住所も分かる家に行けるわけないやろっ。そのどこにあるかも分からん家を捜したいないなら、今日は徹底的に探し」
「当たり前や。あんたの家なんかには、絶対に、絶対に、絶対に、行かへんからなっ」
「はいはい。来んでよろしい。自分の家に帰りっ。そっちが梅田やわ」
「はい。お教え頂きありがとうございます。あんたはついてこんでいいよっ」
と、またスタスタ歩き出す。
地下鉄淀屋橋駅のシャッターが開く。

で、さっきと全く同じコースで、淀屋橋、新御堂を進んでキタに入る。

2時頃は、足が痛くて一歩も歩けないと言っていたのに、なんか麻薬でも打ってるんとちゃうかと思えるほどのテンションの持続である。ママの身体は脳内麻薬が自然発生する特別体質なのかもしれない。
どちらにしても脅威の足腰である。

で、深夜5時だというのに、キタの人と店の賑わいは衰えを見せず、またまた、軽く一杯できるかもしれないという希望に喜びつつ、ママに「なぁ、お腹すいたやろぉ。どこか店に入ろかぁ」と誘ってみるが、「いいです。あんた、一杯飲みたいんやろぉ。飲んで来たらいいやん。私は子供を捜します」。

自販機で買った温かいハチミツレモンを勧めても、「あんた飲みなさいっ。私はいらないっ」。
目の下のタンコブがどんどん大きくなってきたママの顔が鬼に見えるぞ。

なんか、本日のママリンは、頑固というか、依怙地というか、片意地というか、意地、意地、意地のなにか意地に取り憑かれたようである。

「お巡りさんはどこですか」「梅田はどこですか」「門司はどこですか」「子供がいなくなったんです」の4つのワードだけで、夕方の7時頃から歩き続けているではないか。

いつもなら、歩く場所が代わったり、どこか店に入ったり、お巡りさんに説得してもらったりの変化で、気分がパンと変り、スイッチが変わるのに、今日のママは異常な意地の張りようである。

しかし、そのスイッチは、なんのきっかけも、なんの脈絡もなく、あまりにも静かに、突然やって来た。

曾根崎のあたりで、「なぁ。あんた今日、どこに泊まるのぉ。なぁ、あんたとこに私も帰っていい」。
今までのことがなかったような、穏やかな顔でおだやかに話すママリン。
やっとこさ憑物が取れたようである。

ママは歩けると言うので、ついでに東通りの駐輪所に置いた自転車を取りに行き、押して帰る。

e0200261_1855796.jpg太融寺、西天満、中之島の最短コースで家路に向かう。
ママはなにかしゃべってくるが無視する。

6時半頃、中之島公園で、東の空が白みはじめる。
夜明けである。
白い爪先のような大きな月が出ている。

どんどん太陽は昇り、どんどん明るくなってくる。
12月23日の朝である。

朝なので、朝の気分に変えなければならない。
喫茶北浜にモーニングを食べに行こうかと思ったが、祝日は休みなのを思い出す。
サンマルコカフェは、祝日は8時半のオープンで、通り過ぎる。

で、家に着いたのが7時。
やっとこれで一安心かと思えばそうではなく、まだまだ一波乱は、12月23日のブログの続く。

本日の評価:評価不能
本日の家出:オールナイト(東警察署2回、北浜交番、アメリカ領事館前)
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by asayosan | 2011-12-22 16:30 | 今日のママリン

12月21日(水)干し柿、アンパン、おしゃべりのママの大好物満載の夜。

本日も朝はご機嫌なり、で、管理人室でくっちゃべって元気に出発。

で、ギャラリー常連のhalftone26さんもこのブログを読んでくれていて、今日のママリンが夕食の話題になっているそうだ。
ちょうど、理事長がギャラリー前を通って、「あっ、本物の理事長さんっ」。
そう、理事長は知らないが、私の友達も街で出会って、「あっ、理事長さんっ」と声をかけそうになるそうだ。

e0200261_15322924.jpge0200261_15333760.jpge0200261_15335859.jpgさくらさんはお帰りが早くて、4時半に帰ってくるのが、ちょっと難点。
でも、今日はなおちゃんが遊びに来てくれるので、ママにアンパンのおやつを出して、夕食の準備をする。
帆立と白菜とキノコ類のクリームシチューにタリアッテレを入れた鍋、ミニトマトとオリーブのサラダに、なおちゃんがパンとチーズとワインの三種の神器を持って来てくれて晩餐とする。

ママはお土産のアンパンと干し柿に夢中で、甘いもんばっかり食べている。
「いいねん。いいねん。こっちの方が好きやねん。アンパン、もう1個、食べたいわぁ」
「こっちのシチューも食べなさい。糖尿なるよぉ」
「いいねん。いいねん。甘いもんの方が美味しいんやもん」
「あっ、そう。まっ、もういいわ」。

ママは話を聞いてくれるなおちゃんにまたまた自分の一代記をしゃべりまくり、甘いもんを頬張りの幸せな時間。

私はお客さんが来たら、ギャラリーに上がっていたが、ママの声はギャラリーに筒抜け。
「さっきから、しゃべってはる声は、どこからしてるんですか」と、お客さんに聞かれ、「うちの母なんですが、うるさくてすみません」。
「いえいえ、それはいいんですが、どこでしゃべってるんかなと思って…」。
ギャラリーに、うるさいギャラリーがいてどうする…。

私は早くママを寝かせてなおちゃんと話したいテーマがあったのだが、ママは楽しすぎてなかなか寝てくれない。
パジャマに着替えても、「もう少し、お話してもいいかなぁ」とコタツに入って来る。
「あんた、なんか、私を早く寝かせようとしてるけど、こんな早い時間には寝られませんよねぇ」
「はいはい。お母さん、もっとお話してくださいよ」
と、なおちゃんが優しく振るものだから、ママは思う存分のマシンガントーク。

「あれっ、あんたらお話したいことがあるねんやろ。私に気兼ねなくしてちょうだいね」って、ずっとママがしゃべっているではないか…。

で、「そろそろ寝かせてもらおくかなぁ」と布団に入っては、また起きてきて、また布団に入ってを繰り返し、7時頃に寝はる。
すぐに寝息。

あとは、私たちがここ数年テーマにしていることについて語り合う。
で、本日のオチは“素朴”。って意味不明。
二人でワインを2本半空けて、おだやかなよるが更ける。

本日の評価:001.gif018.gif024.gif018.gif018.gif043.gif014.gif018.gif014.gif018.gif
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by asayosan | 2011-12-22 16:13 | 今日のママリン

認知症のママリンの日々の暮らし
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