ボケリン・ママリンの観察日記

4月26日(火)認知症とは別の、新たな葛藤か…。

e0200261_1050356.jpgさすがに疲れていたのか、8時45分のギリギリまで寝ている。
ジェフ君に、「ママ、起こして」と頼むと、ニャンと鳴いてママの顔をペロペロなめて起こしてくれる。
で、起きたら、「今日は気分がいいわ。認知症、治ったかもしれんわ。なんやろ、頭がすっきりしてるわ」とご機嫌である。

昨晩は寝言で、「今日はしんどいから休みます」とか、「明日の仕事は、お願いしますね。高杉晋作さん」とか、「明日は仕事、休みですよね」とか、休む、休むの発言が多く、休む夢を見て元気を回復したのだろうか。

お洋服の春バージョンに一新して、そよ風の石川さんも、「今日は、スッキリしてますね」。

悪魔ちゃん周期がそろそろの気もするが、日曜日のスーパー・ウルトラ・スペシャル家出で、燃え尽きてくれていることを祈るばかりだ。

で、燃え尽きていませんでした。

なんか、認知症としては頭が冴えているかもしれないけれど(医療的には改善)、その時、その時間を屈託なく楽しむ姿勢としてはボケが突き抜けていない(人生の謳歌の減退)という、中途半端な人格に変貌してしまったママ。

妙に頭が冴えているので、また近い記憶が蘇り、奈良に家があることを思い出している。
此花(ママの青春)に行かれるのは、まぁ遠くても市内であるので、どこかで飲んで帰れる余裕(はじめての街で飲み屋を散策する楽しみ)もあるが、奈良に帰られてしまうと終電の心配である。

いつもの「帰りたいねん」というママの要望に対し、「どこに帰りたいん?」「なんで帰りたいん?」と言葉を選びながら、その真意を探る。
で、なんやかんや言って、ここが嫌なそうで、なんで嫌かというと、人の家に世話になるのが嫌なそうな。
で、出たり、入ったりしてくれる。

どうも、女の細腕で自立して、マンションを買い、一人で好きなように生きている私に対し、女の幸せは結婚と家庭という一般的切り札で対抗していたママだが、どうも私の“生きるに値する人生とは自由の謳歌である”という私の主義主張の洗脳が効きすぎて、妙なライバル意識を持ち出したようなのだ。
ただでさえ、負けず嫌いなママリン、私がママの今までの人生を否定しすぎたせいなのかもしれない。
というか、私はいろんな価値観があるので、それはそれぞれに私の一人モンの生き方も認めなさい、と言ったつもりなのだが、認知症の高齢者に、こんな新たな人生の指針を定義するのは、酷だったかもしれない。

「あんたは、仕事もできるし、頭もいいし、自分で稼いで大きな家を買って、料理も上手いし、家もきれいにしてるし、なにもかもソツなくやってしまうんや。あんたにまかせていたら、なにもかも安心やわ」と言うので、安心していてくれていると思っていたが、実は私への反発を沸々と貯めていたのだ。
そう、昔、私の子供時代、親への反発を沸々と貯めて、18歳で家出したように、ママの最近の家出は、私が信じている価値観への不満の鬱積からの脱出であるように思う。

e0200261_21254966.jpge0200261_21253960.jpg「帰る、帰りますわ」のプチ家出を繰り返すので、今日のメニューの焼きそばを作る時に、「ママ、手伝って。フライパンの野菜を炒めてな」と頼むと、イキイキと手伝ってくれるのを見て、ママの今までの培った主婦的なものを否定してはいけないのかもと思う。

で、今日の晩ご飯は、焼きそばと冷や奴、春菊のマヨネーズ和えである。
で、食事が終わり、「洗いもんしてな」と頼むと、「えっ、あんたが洗いもんしてくれるの。ありがとう」と言われた。
「はいはい。今日は、私が後片付けしますわ」と言うと、「今日はなんかしんどいねん。明日も早いし…。寝かせてもらいますわ」で、8時頃、寝はる。

本日の評価:001.gif021.gif021.gif011.gif014.gif
本日の家出:3回
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by asayosan | 2011-04-26 10:48 | 今日のママリン

認知症のママリンの日々の暮らし
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