ボケリン・ママリンの観察日記

1月25日(土)ママの徘徊、どう考えてもプラスマイナスゼロかなぁ。

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9時に出かけて7時に帰って来る奈奈さんの土曜日。

ママはすぐに寝て朝まで爆睡。
私も8時に寝て朝まで爆睡。

ママがぐっすり寝てくれると、私もぐっすり寝られるのだ。

時々見ている『白熱教室 幸福論』で、受け入れることで幸せになる道が見えるようなことを言っていた。

人からは、「何時間も徘徊につき合って、よぅやるわぁ。アホちゃうか」と言われるが、「だってママは歩くんだも〜ん」なのである。

認知症を知らない人は、「出さんかったらいいやん」と言う。

しかし、閉じ込めたり説得したり、出て行くことを阻むと、極道の妻かエクソシストの世界になってしまうのだ。この時期は地獄だった。
どんな風に説明しても、どんどん荒ぶれ、興奮し、怒鳴りまくり、ドアを叩きまくる。
いったいどこで覚えたのか汚い言葉で罵られると、こっちも腹がたってきて、つい声が大きくなると倍返し、100倍返しされて、こいつはもう人間じゃないとさえ思った。
ママの負のスパイラルに巻き込まれ、私も荒んでくるのだ。
あ〜,私の人生は終わった、と思ったものだ。

あの時期に比べたら、今はプーだ。

だから、歩いたらいいのだ。

その意味不明の怒りや不安や不信感や帰宅願望は、街のエネルギーが飲み込んでくれる。
で、いったい何のために歩いているのか、ママの興奮した頭がいろんな刺激で冷やされる。
私一人の力では、ママを落ち着かせることはできない。
他者、外界、道、街、空気、空、寒さ暑さ、いろんなもので気分が変わっていくのだ。

・犬は今を生きているので、すぐに変われる。
・犬は考えずに行動する。
・犬は過去の問題に捕われず、未来を心配しない。

これはテレビ番組の『カリスマドッグトレーナー』での教訓で、犬のところをママに置き換えるとスコンと納得。

・歩きたいものはしかたがない。
・歩くだけなら害はない。
・歩いて気分が変わる


ただ、この歩く行為をどのように受け入れるか…。これは私の問題である。

ママの徘徊は、私にはウォーキングのエクササイズ、…と言っても10時間は長過ぎるぞ。

でも、86歳のおばあちゃんが10時間も歩けることは素晴らしいではないか、…と言っても私は美容のために寝たい。

でも、54歳の私も10時間歩いて徹夜できる体力があるではないか、…と言っても次の日は眠たくて仕事にならん。

でも、いろんな人たちとの素敵な出会いがあったではないか、…と言ってもいろんな方にご迷惑をかけているわけだ。

で、どう考えてもプラスマイナスゼロかぁ。

でも、今まで自転車で行っていたキタやミナミも、歩いて行くようになった。
だって、私の足なら20分で歩けるのだ。

健康番組を見ていると、歩くだけで簡単に健康が手に入るようである。
一人の時は、夜はグダグダ飲んで寝ていた私。
酒量も減ったし、健康になっている自覚はある。

本当のところ、ママの徘徊につき合うのはそれほどイヤじゃない体と心になった。
要は慣れたのである。

ただ、慣れたことで面白くなくなってきた。

ということは、時々起こる朝までのロング徘徊は、2〜3時間の徘徊に慣れた私へのサプライズか…。
まっ、朝まで歩かれると、もうこれ以上のことはないという余裕にもなる。

ラッキーなことに、私は歩くこと自体は本当に苦じゃないのだ。
よって、そんな娘を持って、ママはラッキーである。

結局、そこかい。

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by asayosan | 2014-02-01 17:38 | 今日のママリン

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